今日は牡羊座の新月です

新たなスタート✨

 

PTAの話

 推薦してくださった方が多く中学校と小学校のPTA役員の委嘱があったけれど理由を述べて辞退させていただきました。

 

 委嘱の文書は辞退する選択肢や前提はない書き方だけれど、ほんとうは断る、辞退する選択肢はある。

 

 報酬も出ないボランティア組織に強制力はない。

そもそもPTAはボランティア組織だということすら、

保護者に認識があるのかどうか、うたがわしい。

 

 ボランティアではなく、「やらなければならない義務」だと思われているのかな、と推測する。

 

 幼稚園のPTA会長、小学校のPTAの本部役員、自治会の役員、こども会の役員、数々ボランティアをさせていただいたけれど、「こどもたちのため」になってるなと思ったのはこども会の役員の時かな。

 

 あとの役職は、「会議に出席することが大事」で「前例どおり」の世界だからほんと、市議会議員の市議会といっしょだなーと思った。市議会議員には報酬があるから、なんとか我慢もできるけれど、無償のボランティア活動において「前例どおり」で全てが決まるなら、その会議は開く意味ない。

形、形式だけ。「役職」と「権威の維持」の世界と思う。

 

 形や形式、役職、権威、「嫌だけどしかたがない」

そういうのが好きな人はやればいいと思う。

 

 「前例どおり」以外に理由がないことを続けることは「思考停止」と「無責任」に近いと思う。わたしは会議で意見するけれど、スルーされる。

「前例どおり」は強い。「間違いがない」からだ。

 

 

 市議会とか政治の世界が「権威の維持」という側面があるのはわかるけれど、PTAとか自治会とかそういう無償のボランティア組織もそうなってることがわかった。無償でこんなことが「嫌だけれどしかたがない義務」だと思われているからこそ続けられている。

 

 役員も毎年、または任期ごとに変わるからこそ、「伝統」は変えられることなくそのまま続いていく。

 

 そして「伝統」や「前年どおり」は「作られる」ということも目の前に見た。今までになかった「ハロウィン祭り」がその時の区長の熱意で「単発のイベント」として開かれたら、好評だったため次の年も開かれて「毎年恒例のイベント」になってしまった。

 

 役員のみなさんの負担は増えた。でも「これも毎年恒例のイベントだから、しかたがない」と新しい役員さんは受け入れてしまう。それを「なくす」ということはもはやできない。

 

 そういう意味で「前例どおり」を崩すには、「新しい前例を作ること」だな。

 

 「PTAや自治会の役員のなり手がいない」っていう嘆きがあるかもしれないけれど、それはそうだろうと思う。

長も含めて経験させていただいてそう思う。

 

 ほんとに役に立ってることなら、無償のボランティアをする気持ちはみんなにあると思うけど、「前例どおりと決まっている会議に出席」の仕事を続ける必要があるんだろうか。