先日、叔父がなくなった。


89歳の大往生。



とてもまじめで、寡黙な叔父だった。



長年つれそった叔母。







叔父と最後に会ったのは、昨年の夏のお昼。


叔母の作った大きなおにぎりを、叔父はおいしそうにゆっくり食べていた。



とうもろこしの粉が入った黄色い、丸いおにぎりが2個、お皿に乗っていた。






叔父の体調が悪くなって半年間、病院での療養に付き添っていた叔母。



病床だとはいえ、まだまだ一緒に過ごせると思っていただろう。



突然の訃報だった。







葬儀に仕事の都合で遅れて行った私は、後ろから叔母の小さい後姿を見つけて安心したと同時に、


臨終のときはどれだけ驚き、つらかったろうと想像した。







読経が終わり、「最後のお別れです」と、みんなで叔父の棺に花を入れた。


誰が入れたのか、叔父の顔の横には大きなバナナがあった。





神様のように神々しい叔父の顔に、叔母ら家族が白い布を被せた。



叔母は、次々と進んでいく葬儀にもちろん慣れている訳はなく、



言われるがままに参加している様子だ。






そして、葬儀スタッフが「それでは棺にふたをします。」


と、重そうな白いふたを運んできた。





その大きなふたを見た叔母は、瞬間、叔父の顔にかかった白い布をチラッとめくり、


夫の顔を確かめ、サッと布をもとに戻した。





これまで何十年も連れ添い、半年間は寝顔を見つめてきた夫が、突然息を引き取り、


まもなく荼毘に付される。




本当に逝ってしまうのか?


きっと信じられない思いだろう。




機械的とも思えるスケジュールで進められる葬儀の中で、


白い布をチラッとめくって夫の顔を確かめ、本当に逝くのか?と問うた、


この一瞬の出来事だけが、叔母のお別れの儀式だった。