前回の記事では、私の精神の土台となった鹿実陸上部での「地獄の日々」についてお話ししました。
「都大路」という目標を失いかけた18歳の私に、ある人が声をかけてくれました。
「その粘り強い走りは、自衛隊でこそ活かせる。一緒に来ないか」
その一言が、私の人生を「アスファルトのトラック」から「航空機の格納庫」へと導きました。
今回は、現在の店名「PCメカニック」の核心に迫る、海上自衛隊での20年間の物語です。
1. 鹿実の3年間が、自衛隊の訓練を「楽」に変えた
18歳で海上自衛隊に入隊。周囲の同期が音を上げるような教育隊の厳しい訓練も、私にとっては不思議と苦になりませんでした。
むしろ、「あの旧校舎時代の鹿実に比べれば、なんて楽なんだ」と感じてしまったほどです。
自衛官になっても足は止めず、鹿児島の冬の風物詩「県下一周駅伝」にも出場。最難所と言われる2区・亀割峠での区間賞。
1位でタスキを受け取り、トップを死守して次へ繋ぐ。職務である「整備」を全うし、課業後に走り込みを続けたあの日々は、今の私の自信の源です。
2. 「物理」の極致:零戦の復元とエンジン整備
航空機エンジン整備初級取得の学生時代。プロのメカニックとしての第一歩。
私のメカニックとしての原点は、航空機のエンジン整備、そして歴史的な「零戦(ゼロ戦)の復元」にあります。
零戦の復元プロジェクトでは、翼の重要な可動部である「フラップの一部」などの復元を担当しました。図面を引くのではなく、熟練の指導者のもとで「命じられた作業を、一ミリの狂いもなく完璧に仕上げる」役割。
「自分の担当箇所は、自分が完璧に仕上げる。」
この時の経験が、現在のパソコン修理における一台一台への誠実な向き合い方に直結しています。
3. 「論理」の先駆け:IT黎明期のネットワーク構築
私はもう一つの重要な技術に出会っていました。まだ世の中がワープロ全盛期だった頃、上司から「これからはネットワークの時代になる」と見出され、ネットワーク構築の機関要員として動き始めたのです。
手本もマニュアルも少ない中、独力でシステムを組み上げた経験。これが、物理的な「メカニック技術」と、論理的な「ITスキル」が自分の中で融合した瞬間でした。
4. 「伝える」技術:教官時代とデータ室長
技術者としての研鑽を積み、階級が上がると、私には「次世代を育てる」という新たな任務が加わりました。
教官として教壇に立つ前、厳しい訓練の中で資質を問われるこの時に磨かれた「不屈の精神」と「圧倒的な集中力」が、私の技術の裏側に太い芯を通したのです。
教官になる数年前の写真です。
その後、私は千葉県にある下総第3術科学校で「教官」として教壇に立ちました。
高度な技術を、いかに分かりやすく学生に教えるか。この経験があるからこそ、現在のPCメカニックでは、「難しい専門用語を使わず、お客様に噛み砕いて説明する」ことを何より大切にしています。
自衛官生活の最後は、鹿屋第一整備補給隊にて品質管理班 データ室長を務めました。
一文字の誤りも、一瞬の漏洩も許されない極限の緊張感。情報の正確さと機密保持に対し、神経を研ぎ澄ませた日々は、私の責任感をさらに強固なものにしました。
【番外編】受け継がれる「PCメカニック」の血
ここで、私にとって大切な一枚の写真をご紹介させてください。
1998年、わが家のデジタル指令部
これは1998年、私が自衛隊で任務に明け暮れていた頃の日常です。まだ珍しかったパソコンに囲まれて育った二人の息子たち。実は彼らこそ、私が技術を伝えた最初の「教え子」だったのかもしれません。
時を経て現在。写真でピースをしていた二人は、立派なエンジニアになりました。
- 一人は、私の店「PCメカニック」の専従エンジニア(後継ぎ)。
私の背中を見て育ち、今では右腕として、日々お客様のパソコンに向き合っています。
- 一人は、鹿屋市内の大きな総合病院を支えるシステムエンジニア。
私が磨いてきた技術と情熱は、今、確実に次世代へと受け継がれています。
38歳の決断。安定を捨てて「PCメカニック」へ
入隊から20年。38歳という働き盛りで、私は安定した自衛官という立場を捨てる決断をしました。
周囲からは驚かれ、引き止められもしました。しかし、鹿実で培った「不屈不撓の精神」と、自衛隊で極めた「精密な技術」、そして息子たちに繋いだ「確信」が、私の背中を強く押したのです。
【次回につづく】
なぜ私は、あえて「PC修理屋」ではなく「PCメカニック」という看板を掲げたのか。
開業して出会った「最初のお客様」が教えてくれた、この仕事の本当の価値。
最終章:第3章「38歳の再出発。鹿屋に根ざす『PCメカニック』の誓い」
いよいよ、現在の物語へと繋がります。どうぞ最後までお付き合いください!
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