私の摂食障害記録



18歳☆嘔吐を覚える

19歳☆細いと言われるのに快感を覚える

20歳☆パワハラにあう←ここ

21歳☆デートDVにあう

22歳☆自力で治そうと誓う

27歳☆妊娠、出産で落ち着いていた過食嘔吐が確実に再発

32歳☆子供を亡くし、拒食→過食嘔吐





かろうじて生きていたあの頃

何を食べて生きていたのか

今でも分かりません

口に入れたものはすべて吐き出していたので

残ったもので生きてたのかなぁ?

固形物が苦手で液体なら受け付けることが出来たので

牛乳やミルクティーは飲んでいた記憶があります

運動もしていて、1時間歩くのは当たり前

お風呂ではマッサージ

とにかく体も動かしてソワソワしていました





卒論のシステムが出来上がり、実験が終わると

私は気が抜けたように何もやる気になれませんでした

実験までは終わらせたい、迷惑はかけられないから、お願い

と両親を説得していたこともあり

実験が終わると一人暮らしを辞めて家に帰りました

そして、同時に大学も辞めました

中退です

大学3年生になる前の春休み?に届けを出しました

実際、成績が良かったため止められることもありました

そして、何故がいつもついてきました

摂食障害だから

鬱だから(その時は鬱も患いました)

その理由で退学することにしました

精神科の先生に鬱だという診断書も書いてもらい、最終兵器だと常に鞄にいれておきました



なぜ、退学という選択をしたかというと

親からの勧めです

もう、頑張らなくていい

充分、頑張った

逃げていいんだよ

そう言ってもらって、そうか逃げてもいいんだ…

と、肩の荷がストンと落ちた瞬間でした

普通に入学すれば、普通に卒業するものだと思ってた

親にとって中退って恥さらしなんじゃないか…

お金を出してもらっているのに申し訳ない

色々な気持ちがぐっちゃぐちゃでしたが

もう、逃げることしか頭にはありませんでした





もう、M先生にしばられなくていいんだ!

M先生から解放される!

そう思うだけでとても気持ちが軽やかになりました



しかし、退学が決まるまで

とても恐怖でした

なぜなら、M先生に退学するという旨を伝えなればならないからです

けれど、卒業出来ないことは決まってるのだから

もう怖いことは無い…

診断書を手に教授部屋をノックしました





詳しいことは覚えていません

けれど、この言葉だけは忘れない

鬱なんて、今の医者は誰でも診断するんだよ


責任逃れのために、鬱っぽいですと言えば、診断書なんて何枚でも書いてくれると言うのです

風邪と同じなんだよ

と……

この前は摂食障害なのに、今度は鬱なの?

一体こいつは何を考えているんでしょうか

心配することもなく

ただ、へぇーって感じで…




私はM先生に最初から最後まで否定され続けました


辞めるのがもったいないね

そう言われたのですが

おまえのせいだからな…

そう思いながら口には出せませんでした




中退という選択をし、

M先生からのパワハラから逃れることができ

私は摂食障害は完治しました!!







……と言いたいところですが

これからがまた辛いのです…


実家に帰り

当然ですが、料理は親が作ります

そして、体重を増やすために栄養豊富なご飯が並びます

そして、食べろ!食べろ!の圧が強い…

3食も食べられないのに

おやつ付き

無理です

無理なんです


ここからは母との戦いが始まります




続きます












手作りクッキー大好きー❤️