さぶかるWarabi
  • 02Sep
    • 痛々しくてツライ。だけど…。 ― 舞台「マリーゴールド」―

      数年前にたまたま観る機会があった、演出家「末満健一」さんの舞台。「吸血種の少女たち」が主人公の「LILIUM ~少女純潔歌劇~」という演目でしたが、私の世代が「吸血種の少女」と言ってまず思い浮かべるのは萩尾望都さんの代表作の1つ「ポーの一族」の「メリーベル」ですね。後に他の作品を観た時、作中に「メリーベル」という名前が出てきたので、末満健一さんはやはり「ポーの一族」からインスパイアを受けている事に間違いないようです。「ポーの一族」では、ただ1人の肉親であったメリーベルを失っても、「終わりのない生」を生き続ける吸血種の少年「エドガー」が主人公でしたが、末満健一さんも「永遠の時を生き続ける吸血種」をテーマに「TRUMP」シリーズという舞台作品を作り続けていて、「永遠の命を渇望する者」と「永遠の命を生きなければならない者」、両者の相反する想いがメインテーマになっています。昨年の「グランギニョル」に引き続き、シリーズ10周年を記念して今年披露されたのがこの「マリーゴールド」という舞台です。「マリーゴールド」は「LILIUM ~少女純潔歌劇~」に出てきた少女の名前で、今作では彼女にスポットが当てられています。危うい均衡の上に保たれていた母と娘の幸せが悲劇的に引き裂かれ、命を落とす直前の母の「幸せになって」という願いと共に彼女が新たな場へ向かうまでの顛末が描かれています。ひとつの悲劇を生き延び、母からの愛に送り出されて新たな場所にたどり着いたはずの彼女ですが、「LILIUM」ではそのマリーゴールドが新たな悲劇の引き金を引き、多くの仲間と共に凄惨な最期を遂げます。舞台はシリーズの時系列とは異なる順番で上演されているので、新たな作品を観る事で以前の作品への想いも大きく変わってきます。ずっと末満作品を観ている者は、最期の瞬間に娘の幸せを願った母の想いが次の場で叶わなかった事を今回の舞台で知る事になり、本当にやり切れない、報われない想いを味わうことになります。それでも末満作品から目を離せない理由は、誰の心の中にもある「死への恐怖」と「永遠の命への憧れ」、そして「永遠の命」を想像した時に行きつく「長い間の孤独」という重いテーマを時にコミカルな要素も交えつつ、舞台となる場をいともあっさり残虐に壊しながらファンタジーとして徹頭徹尾、美しく描いているからだと感じます。舞台が私達の日常とはかけ離れたファンタジックなものであるほど、「死」と「命」にまつわるシンプルな感情だけが純粋に浮き上がります。それが末満健一さんのライフワークであり、メインテーマなんですね。ファンタジーは現実逃避でも、きれい事でもない。純粋さの追及なんだな…と末満作品を観ていて感じます。多くのファンがそこに虜になるんですね。私もどこまでもお供したいと思います。

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    • Live観たいなあ~! ― 東京ゲゲゲイ ―

      ウチにテレビはあるんだけど、朝時間がわかるようにつける以外は録画してある夜中のアニメや特番を観る、DVDを観る…位の使い方しかしていない。リアルタイムはホントに朝とか夕方ちょっとしか見てないんだけど、時々こういう出会いがあるからなあ。何の番組だったかも忘れましたが、チュートリアルの徳井さんだったと思うけど、「最近、ハマってます」と言って紹介していた「東京ゲゲゲイ」というダンスユニット。たまたまテレビついてて見たんだけど、「おっ、なんか好きかも」と思ってYoutube漁ってみました。いわゆるダンスメインの人たちの動画は、観ればすごい!と思うけど、あまり積極的に観たいと思った事がない。しかしこちらの「東京ゲゲゲイ」、いわゆるHIP-HOPとかとの要素は全く無く、かと言って芸術性重視の創作ダンスとも違う特有のセンス。そして、ダンスユニットなのに歌ありのオリジナル曲があって、まずその曲が素晴らしい!Youtubeでたった2曲くらい観てたちまちハマりました。まず最初に聞きごたえのあるヴォーカルが心地良くハイセンスなオリジナル曲「さよならダーリン」。これが彼らの代表曲なのね次に「ゲゲゲイの鬼太郎」。アニメの「ゲゲゲの鬼太郎」のオープニング曲をカバーしてダンスをつけているんだけど、これまたアレンジがやたらセンスいい!そして、手足を大きく使ってバキバキ踊るのではなく、突っ立ったまま決めポーズに使うような手の動きを次々素早く繰り出す、急に口角上げた笑顔を作る、舌を突き出す、一瞬目を見開く等、細かい動きで魅せる独特なダンスから目が離せない!メインダンサーの男性MIKEY(マイキー)さんがボリュームウェーブのウィッグつけてがっつりメイクの女装なので、「ゲゲゲイ」なんだろうけど、それがまた独特の耽美的な雰囲気を作り上げている。後からわかったのだがMIKEYさんがダンスの先生で、その生徒の中から選抜された女性4名からこのグループが成り立っている。なので、あくまでもMIKEYさんメインだけど、脇を固める女性ダンサーがまた、ちょっと古めの妖艶なメイクをしていたり、丸顔で体型もぽっちゃり…など、グループの個性の幅を広げている。色々な動画を見ると子どもから大人まで、大勢の優秀なダンスの生徒がいるようだけど、このユニットのメンバーから誰かを下げたり追加したりはできないだろうな!と思わせる位、それぞれのキャラが確立している。動画を次々観ていると、「生で観てみたいなあ…」と思うんだけど、あいにく身近に付き合ってくれそうな人も見当たらない。サウンド、ビジュアルどちらも40~50代の人にもヒットするな!と思うんだけど、実際の現場にそういう年代がいるのかどうかよくわからず、現場に出かける勇気はありません~。とりあえずTwitterフォローしてみた。ファン層の様子がわかって、中年後期が行っても場違いじゃなさそうだったら行ってみよっかなあ。いつか行きたいなあ!

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  • 13Aug
    • 嵐の夜に…(Moodhit Landscape/禁断の多数決)

      昨日、用事があって夕方から車で都内に出かけました。出発直後から前方の真っ黒い空にバシバシ稲妻が光っていて、とにかく、それに向かって進まなければならないんです。行かなければならなかったので。慣れた道なのに、スゴイ覚悟が要りました。どのあたりから雨が降り出すだろうか。あとどれくらいであの稲妻の下に突っ込むのか。どこかで交通に支障は出ているのかどうか。普段は好きな音楽を聴きながら運転しているのですが、情報が欲しかったので、珍しくラジオをつけました。まあ、案の定「大気の状態が不安定で都内では18時ごろから・・・」とかいうニュースがあって、杉並や世田谷で停電が起こっている事、引き続き今夜まで大気が不安定な状態が続く事などがわかる中、都内に入る前に真上で閃光が走り、雷鳴がとどろき、大粒の雨の中に突入しました。とりあえず交通に支障はないらしいとわかったので、とにかく淡々と走り続け、所々ものすごい土砂降りと水たまりに突っ込んだりしながら、何とか都内へ。首都高の下を走り始めたあたりで雨は小降りになりました。そこで、この曲です。とてもムーディでへったくそなヴォーカル。英語かな・・・えっ?あれ?日本語?これ日本人なの?!へろへろで、ものすごくいい雰囲気です。歌唱力うんぬんなど言わせぬ、確立した作風。一気にひきこまれてしまいました。曲が終わるとDJの声に耳を澄ましましたが、最近のグループってよくわからない名前が多いしなあ。注意して聞き取れたのが「禁断の多数決」という名前でした。あと、なんとかLandscape・・・?まあ、とにかく「禁断の多数決」っていう曲名で検索すれば。でも、あのゆったりした雰囲気に似合わぬ曲名だね。と、思っていたら。それはグループ名だったんですね。ともあれ、聞き取れて良かった。こうして荒天のドライブのおかげで巡り合いました。「禁断の多数決」Youtubeで他の曲も聞いてみましたが、私が聞いた曲はVocalが男性、女性が歌っている曲の方が人気あるみたいですが、私は男性のVocalの方がいいかなあ。それも、女性みたいな頼りない声なんですが。このグループに関する情報は少ないみたいですが、そんな事もどうでもいいです。毎日ずっとラジオを聴いていたって、こんな出会いがどれほどあるでしょうか?嵐の夜にラッキーな出会いでした。

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  • 15Jul
    • ただ大いなるもの(ゴジラ)

      なんだ?このタイトルは(笑)。これが可笑しいって事は、“ゴジラ”って言われて「ああ、映画の話ね」ってならないって事なんでしょうね。それだけ枠を超えた存在なんだってわかるよね(笑)。最近仕事で都内をよく運転するんですが、首都高の下を走っていて、上を見上げたら、首都高と道路沿いのビルの間に広告塔の一部分が見えたんですね。カラフルですが、一瞬何が見えたのかわからず、「なんか、ガンダムとかのでっかいロボットとかみたいだな・・・」と感じました。なんかワクワクします。またある日の20時頃でしたか、首都高の湾岸線を走っていたら、同乗していた子どもが「鶴見つばさ橋」を見上げて、「てっぺんの2つのライトが目で、人みたいだ」と言いました。そう言われた途端、そうとしか見えなくなります。ナウシカの「巨神兵」みたいです。橋を渡り始まると、「巨神兵」の足の間を走り抜けるわけです。何も思わずに走っている時は別に何でもないのに、急にハラハラドキドキします。ごくたまに国会議事堂の前を通る事もありますが、あの建物が見えてくると、間違いなくいつでもその向こうにゴジラの姿を想像してワクワクします。やっとタイトルにたどり着いた(笑)。見てみたいです。国会議事堂に迫りくる大怪獣ゴジラ!昭和30~40年代の子どものロマンですねえ・・・。二十歳位の時に、ゴジラシリーズ全作品のリバイバル上映があり、どうせだから1本目のゴジラを見ておきたいと思い、わざわざ出かけました。昔の作品ですからモノクロの画面はそれだけで重厚で、迫力があります。ゴジラ登場のシーンは雑誌の記事とかで見て知っていましたから、舞台がその場所に移ると、今か、今かと待ちかまえました。山の手前の町を逃げ惑う人々、さあ!次だ!果たして、真っ黒に見える山肌から巨大な頭に光る眼玉が・・・!と、その時、劇場内に男の子の大きな声が響き渡りました。「あっ!ゴジラじゃない!!」初登場のシーンで全否定されてしまいました。客席爆笑です・・・。そう、初代ゴジラはその後のゴジラとだいぶ違います。ファンの間ではゴジラ対モスラの時は「モスゴジ」とか、言う様ですが、デザインが何段階かに分かれます。着ぐるみスーツの素材が変わってくることもデザインや動きに影響があるし、特撮の歴史そのものですね。いや、その話をしたかったわけじゃないんですが、ゴジラと言えば、忘れられない思い出です(笑)。初代ゴジラは着ぐるみの素材が重かったそうで、のちのゴジラの様に飛び跳ねたりはできませんでした。しっぽを引きずってゆったりと歩く様子は画面がモノクロであることもあいまって、迫力満点で重厚そのもの。人知の及ばぬ「大いなるもの」の存在感を存分に感じさせてくれました。そして、ゴジラは町を焼き払い、人々を混乱させ、建物を破壊する存在なんですが、その後も長く愛され続けました。それは、のちにゴジラが、外からやって来た他の怪獣を退治するようになったから・・・ではないと思います。ゴジラはそもそも水爆実験で生まれてしまった怪獣・・・という設定ですから、人の技術の発展が、人の手の及ばないものになって行く・・・という文明批判の物語です。それでもゴジラを単なるモンスター扱いはしない。少なくとも日本人にとっては、大きなものはそれだけで畏れ敬う存在なんだと思います。日本は火山国だから、地震や津波、火山の噴火など、自然の脅威になすすべもなくそれに巻き込まれるしかない出来事が繰り返される歴史があります。東日本大震災で津波の被害にあった方が「それでも海を恨まない」と言うのを何度か聞いた気がします。「自然は人間の味方でも敵でもない」、という事を日本人はよく知っているのだと思います。恵みを与えてくれる存在である事も、破壊する存在となる事もある、大いなるもの。それを畏れ敬う精神が私たちそれぞれに受け継がれています。おそらくどんな人にも、大いなる存在に魅かれる気持ちがあるんじゃないでしょうか。だからゴジラもワールドワイドに受け入れられるんじゃないかなぁ。テレビ塔からゴジラの接近を中継しているアナウンサーが襲われる直前まで報道し続けるシーンもありましたね。あれは、日本人的なプロ根性の描写でしたけど、迫りくるゴジラに魅入られて襲われる直前まで見とれてしまうとか・・・。実際はどうなのかわからないけど、そんな場面に遭遇してみたいような気もしてしまいます。逃げ惑う群衆の中で「ゴジラだ~!!」と叫ぶ役をやってみたいとか芸能人で言ってる人が何人かいましたね。私もやってみたいなあ!

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  • 13Jul
    • 芸術とリアリティとエンターテインメント(コックと泥棒、その妻と愛人/P.グリーナウェイ)

      今日は長くなっちゃうかもな。なんか、すぐ泣くので悲しい映画を見るのは嫌いです。なんか、恋愛映画もあまり見ません。「スペクタクル」とか、「フルCG」とか言われると、「テレビでやってる時にヒマだったら観るかな」となります。とにかく「映像美」と出てくると、「おっ」となります。ちょっと小難しくて、考えなきゃ観られないような感じだと、映画代の元を取ったような気分になります。ピーター・グリーナウェイはまさしくそんな感じで観に行きました。「コックと泥棒、その妻と愛人」ヘンな、長いタイトルの映画です。話はとにかくグロい。グルメな「泥棒」が「その妻」の浮気に気づき、彼女の「愛人」を惨殺してしまう。「その妻」が復讐のために「愛人」の遺体を「コック」に命じて料理させ、「泥棒」にふるまう・・・という。だけど、徹底してファンタジーです。殺すシーンとかはひどいです。「本屋なんだからこれでも喰え」みたいなかんじで縛りつけた「愛人」の口の中に、本のページを一枚ずつ破ってはナイフで押し込む・・・とか、文にしてもひどいですよね。でも、ファンタジーなんです。美しい高級レストラン、場面ごとに変わる色、豪華なゴルチェの衣装・・・。リアリティのかけらもありません。そもそも「優雅な美人妻を連れて、高級レストランで豪遊する泥棒」とか、童話の世界みたいな設定じゃないですか。極限までグロテスクを描くために、徹底してリアリティを排除して芸術に仕上げる。それがグリーナウェイだと思います。こういう世界の描き方はすごく好きです。同じグロでも、ただビックリさせる展開だけのスプラッタとかだと、若者の集うキャンプ場とか(だよね?観ないからわかんないけど)、美しくないリアルな設定と深みの無さにうんざりしてすぐ観るのをやめてしまいます。どうせテレビでしか観ませんから。これは私の主観ですから、スプラッタが好きな人には好きな人の解釈があるでしょう。わざわざ映画館まで足を運んで、お金を出して観るんだからそれは芸術でなければならない、という視点で私は映画をチョイスしています。そして、やっぱりそれは非日常であってほしいんですね。ここではない、どこかに行ってワクワクしたいワケです。その辺りを絶妙なバランスで仕上げるのが、グリーナウェイ。そして、そこにB級テイストを加えてもうちょっと大衆的に仕上げるのがティム・バートンかな。どっちも大好きです。ファンタジーの要素を盛り上げるために、極端に記号的に作られた街並みや車の動き、登場人物の極端な性格、感情を排除した展開、流れる血の色さえも美術的な効果の一部に見えるような画面作り。映画ってこうじゃなくちゃなあ、と思います。私はね。

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  • 10Jul
    • 暗さに(笑) (Holy Wars/Tuxedomoon)

      日本の春とか、秋とかどこへ行ったんでしょう。「7月5日から夏になりました」とか有り得ないんですけど、そうとしか言いようがないんですけど・・・。身体がまったくついて行かないんですけど・・・。グダグダ。というワケで、この暑いのに。私が高校生だった時のある夏休み、友人と映画を観に行きました。出がけに友人が母から「何を観に行くの?」と聞かれたそうです。「”ジョニーは戦場へ行った”」と答えたら、「あら・・・この暑いのに・・・」とお母さんが答えた、というまあ、笑い話です。夏になると時々思い出します。Tuxedomoonは、アメリカのインテリ大学生が始めたバンドで、とっても実験的な曲がいっぱいあります。実際のところはわからないけど、大学で知り合った音楽好きの男の子たちが、「お前、クラリネットできるんだ。ロックバンドにクラリネットとかおもしろいじゃん。」みたいなノリで始まったのかな・・・?という印象です。インテリっぽく、全然一般受けとか考えない感じがかえってすがすがしいです。今は亡き六本木のWAVE(ヒルズを見ていると、WAVEの亡霊でも見えないかなあ・・・と思ってしまう私(笑))の視聴コーナーで聴いてハマりました。その頃WAVEレーベルってあって、私のようなニッチな需要にヒットするアルバムが扱われていたんですが、これもThe Fixxと同様、「なんか、VocalがDavid Bowieっぽいよ!」というキャッチコピーに釣られて私が引っかかったヤツです。このアルバムでは確か中国人のWhinston TongがVocalかな?あと、何かもう一人歌う人がいますね。とにかく暗いですよ~。他のアルバムはおしゃれに暗かったりするんですけど、このアルバムはちょっとドロくさいというか・・・だから実は今はあまり聴かないんですけど(笑)。「The Waltz」というトラックが最強に重く、「In A Manner Of Speaking」がどん底に暗いです。「Devine」というアルバムはベシャールのバレエのために作られていたりして、ホントにポップ以外なんでもありな人たちだったんだな・・・という感じ。車でオーディオかけっぱなしの時、ももクロの後にTuxedomoonになったりして、ひとりで「うわっ!くらっ!!」とか言ってゲラゲラ笑いだすのも楽しいTuxedomoonです。いや、好きなんですよ。良曲もたくさんあります。でも、このグループについて語るとしたら、こんな調子になるってだけで・・・。くそ暑いんで、わざとこういうものをお勧めしてみたくなりました。メンタルの調子にはご注意くださいね♪当方は一切責任持ちません。(*'▽')

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  • 28Jun
    • 時空を超えて?(二十世紀の終わりに ― ヒカシュー&初音ミク)

      ヒカシューの当時は私、高校生だったでしょうか。まあ、そんな歳です。YMOも聞いた。RCも聞いた。NOVELAも好きだった。友達から借りて、リザードとか、平沢進は・・・なんだっけ、それとか、マジカルパワーマコとか、新●月とか、「ええ~・・・?」とか「お~!」とか言いながら聞いたけど、そんな中でもおそるおそる聞いてみて、「うう・・・やっぱりダメ・・・」だったのがヒカシューでしたかね・・・。考えてみれば周りで「やっぱヒカシューだね!いいよ!」というような事を言う友達はいませんでした。でも巻上公一って人はアーティストだよなあ、この曲はいいなあと思って、「丁重なおもてなし」とか買って聞いたけど、やっぱ、「うう・・・この曲はムリ・・・」ってのがあったり・・・。そして二十一世紀の今、「この曲はこの為に存在したのか?!」というようなハマり方なのが、初音ミクの「二十世紀の終わりに」でした。動画サイト漁っていて、これがヒカシューの曲だってのは知っていたので、聞いてみたんですが、歌詞ももちろん、ヘンな合いの手もメロディーもまさしく、「この二者が時空を超えて出会った!」と思わせる出来でした。まったく、この動画を作った人もものすごいです。ハルメンズのレイダーマンとかも初音ミク向きだけど、戸川純Ver.がすご過ぎて、ミクが喰われる…(笑)。戸川純はゲルニカ好きだったんですけど、玉姫様で私はもうついていけなくなった(笑)。戸川レイダーマンもさっき聞いた。ちなみにハルメンズも当時はとうとう手を出さなかったなあ。後になって、ムーンライダーズに詞を提供していたサエキケンゾウがパール兄弟の人で、パール兄弟の前はハルメンズで・・・って知って、「え~っ?じゃあ聞いてみよう」・・・って最近。今さら昔の若者のクレイジーなサブカルをおさらいする私でした。でも、ヒカシューは100年後にアバンギャルドな古典とかになっていそうだよね!難解でざまあみろ。今だって難解~♪・・・どうもすみません。m(_ _)mちなみにどれもけなしてるつもりはありません。アートだと思ってますよ。あしからず。

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  • 26Jun
    • 純粋に良いもの(乙嫁語り/森薫)

      今の世の中文章だって、マンガだって、歌やダンスだって、ブログとか動画とかでどんな人も発信できる。色々なジャンルで自由に表現できる仕組みがあって、本当に素晴らしいと思います。一方でアマチュアとプロフェッショナルの垣根があいまいになって、私が学生だったころとは大きく違っているな・・・と感じます。昔はプロになるためには、そのための狭き門を通らなければならなかった。そこを通ることができたごく少数の人たちがそれを職業とすることができたワケです。そしてプロになれなければ、それで終わりだったり、細々と趣味として続けるしかなかったわけです。今は動画サイトで、「なんでこの人たち、プロにならないの?」というようなレベルのダンサーがいたり、「この人なんて一人で作詞、作曲、歌、動画の作成、ミキシング、全部やってるよ。」と息子から聞いてびっくりしたり…。でも、彼らはちゃんと仕事を持っていて、そのハイレベルなパフォーマンスは「趣味です」という人が少なくないようです。でも、作品が評価されて、ファンもいて。そもそも娯楽文化ってそういう規模が適切なんじゃないか・・・とこの頃思います。ラジオやテレビの普及で情報の在り方が巨大になった時は、娯楽文化も巨大になったんだと思いますが、それ以前はそれぞれの人たちが生活しているコミュニティと娯楽は密接なもので、規模も小さかったはずです。地方ごとの伝統芸能とか、歌舞伎とか、美術品とかもそうなのかな。生活圏単位での娯楽。今はそれが、ネットを通じて、共通の趣味を持つ人たちのコミュニティ単位で成り立っている状態です。だから同じ様に規模は小さくて、でも、熱狂的に支持する人たちに支えられて。昔だったら「素人にしてはかなりハイレベル」なパフォーマーでも、プロへの「狭き門」からこぼれたら、そのまま日の目を見なかったんですね。そう考えるといい世の中ですね。・・・というワケで、森薫さんの「乙嫁語り」とにかく作画レベルがものすごいです。キャラクターもお話も緻密に作り上げられています。全体に、丁寧に作り上げる事が楽しくて仕方ない、という作家の情熱も伝わってきて、とても好感が持てます。絵もお話も、細部まで作りこむ丁寧さは群を抜いています。だけどマンガとして、特に目新しくはありません。だけど競争の激しいマーケットの中で評価されています。音楽だって映画だって小説だってマンガだってテレビだって雑誌だって、何だって「戦国時代」なんだと思います。その中でユニークなもの、売れる仕掛けが成功したもの、ニーズを上手く捉えたもの、それらが時に行きすぎたとしても、不景気だし、売れれば正義という一面もあるかと思います。そんな中、ただひたすら丁寧に、楽しく、良質なものを作り出し続ける。奇抜に走らず、押し売りせず、ただ情熱を持って、良質なものを作り上げて来た、その姿勢が評価されてこの本が売れていることは健全だなあ・・・とすごく安心します。見てほしくて、成功したくて、苦しむ事も「創作」かもしれません。でも、ただひたすら丁寧に地道に楽しく、そうして作り上げられたものが強いんだよ・・・とこの作家は教えてくれます。あまりにも本が多くて、最近の良質な作家さんにはそれほど出会えていないのですが、金田一連十郎さんとかも、そういう作家さんかな、と思います。一方で、「どうやら芦奈野 ひとしの最新作は打ち切られたらしい・・・」とか本当に残念な話もあるのは仕方ないのかな。金田一連十郎さんの「ミリオンのスペル」も、俄然、おもしろくなってきた!・・・と思った途端に「終了」でしたっけ・・・。どのマーケットもシビアなんだと思います。でもアーティストはその仕事を全うしてほしい。「楽しく、丁寧に」それがパワーになる事の希望をこの本は示してくれていると思います。「カブのイサキ」も「ミリオンのスペル」もいつか、何かの形で全うできることを、心から祈ります。私も楽しく丁寧に、パワー出すぞ!

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  • 14May
    • 工場萌え? (WORLD ORDER "MACHINE CIVILIZATION")

      先日、用事があって、夜間に川崎市内の首都高速道路を利用しました。初めていく所だったのでナビを頼りに走っていると、左手に何の工場かわからないのですが、パイプが巡っていて、その所々に点々とライトが灯っている施設がありました。そのライトが設備全体を立体的に見せ、しかも規模が結構大きかったのでとても存在感があり、後続車が無い事を確かめて速度を落とし、しばし見入ってしまいました。そこで思ったのですが、なんでこうした物が魅力的に思えるのか?なんで湾岸線の製鉄工場の炎とかを見てワクワクした気持ちになるのか?何故でしょうか?私だけでしょうか?巷には”工場萌え”という言葉があって、工場の写真集まであるのだとか。WORLD ORDERが好きですが、今日のタイトルにあるMACHINE CIVILIZATIONが特に好きです。この曲のミュージックヴィデオでは、ダンスの舞台が空港に始まり、高速道を移動してどこかの工場へと変化するのですが、このどれもが見ていてとてもワクワクします。思えば、私の父はいわゆる「戦後復興」の時代をサラリーマンとして生きた人ですが、海外出張が多く、最前線で働いていた人でした。現在ほどは英語のできる人も多くなかったでしょうし、私はそんな父を誇りに思っていました。当時国際線が離発着していた羽田空港までの道中、幼かった私の眼に映る工場や飛行機の大きさは働き盛りの、能力のある父を見る気持ちと重なって、誇らしく感じられたのかもしれません。もちろん、私も人並みに親に反抗する気持ちを持ったり、親に失望したり…というような思春期も通過しましたが、そうした父の働きに感謝し、誇りに思う気持ちも、まぎれもなく私のものです。自然と反対のもの、エコロジーの正反対の人工的な存在である工場地帯と空港ですが、戦後日本の発展を象徴するものであることにも違いありません。私たちの今の生活の豊かさと便利さは、この日本の発展無しにはあり得なかったはずです。宮沢賢治は、身近な人たちが干ばつに苦しみ、餓える姿を見ていたから、天候をコントロールする技術を夢見てグスコーブトリに託したのでしょう。自然に対する冒涜、と見えるその夢ですが、「人がどんどん飢えて死んだって、自然に逆らうべきではないからそれでいいんだ」という人は、その現場にはいなかったでしょう。人間の手による開発や、文化の発展が自然に悪影響を及ぼしている事も間違いありません。だけど、悪影響に気づいたらそれを修正していけるのは「人間」だけです。私たちは、自分たちの住む大地が砂漠になるまで食べつくし、自らの命をも危険にさらしてしまう昆虫や、動物とは違います。「私たちはきっとやり遂げることができる。」空港や工場を見ていると、私たちはまだまだ先へ行けるような気がします。だから私はワクワクするのかもしれません。ポジティブすぎますかね?

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  • 07May
    • ぜいたくとは・・・?(ジョー・プライスコレクション)

      少し前に久しぶりにNHKの日曜美術館を見ました。アメリカの収集家、ジョー・プライス氏の屏風絵、プライスコレクション。私は日本画はあまり見ていないのですが、動植物の日本画はとても好きです。20代のころ、山口華陽展を見て、日本画の動物表現に圧倒された覚えがあります。その時テレビで紹介されていたのも動物画でした。伊藤若冲という作家の、牛と象の屏風絵。極端に大きな牛と小さな犬、極端に大きな象と小さなカラス。いつも思うのですが、現在日本が世界に誇るマンガ文化は浮世絵や日本画など、日本の伝統絵画に明らかにルーツがありますよね。重厚でありながら、ユーモラス。細密で写実的で、なおかつデザイン重視。若冲の屏風絵もまさしくそうした印象でした。番組中でプライス氏が語ったところによると、「私がこの絵に出会った当初、さわると崩れてしまうくらいひどい状態でしたが、京都に送ってこの状態に修復してもらった。」というような事でした。ここで気になったのは、いったいそれにいくらかかったのかなあ…?という事。一般に骨董の趣味といえば、「目利きを気取ってムダ金を使う道楽」のイメージも強く、テレビの鑑定番組で本物だと思って持っていた焼き物が「箱代の2000円ですね。」なんていう事もままあるようですが・・・。一方で「自分の目だけを頼りに、作家名も聞かないで買い集めた」結果ハイレベルで、芸術的価値の高いコレクションとなった、プライス氏の様なケースもあります。「ぜいたくは敵」という場合もあるでしょう。でも、一方で普通お金をかけないようなところにお金をつぎ込む人がいなければ、明らかに廃れていってしまう文化があります。「別に着物なんて着ないし・・・。振袖何千万とか信じられないよね。」という人でも、もし、呉服屋さんがすべてユニクロやH&Mに鞍替えして和服文化が全くなくなったら、日本文化が損なわれたと感じるのではないでしょうか?成人式にほとんどの女性が振袖ではなく、ワンピースやスーツ姿だったらなんだか味気ないですよね。もし、プライス氏がこの屏風絵に出会わず、誰にも価値を見出されずにいたら、紙ごみとして燃やされていたのかもしれない・・・と思うと、かけるべきところにお金をかける意味を考えずにはいられません。「生活保護を受けながら、仕事もせずにパチンコ」は、ムダ遣いですよね?「生活保護を受けながら、仕事もせずに読書」は、ぜいたく?もしかしたらその人が小説を書いていて、宮沢賢治のように没後有名作家になるかもしれません。「生活保護を受けながら、仕事もせずに絵を描いている」は?もしかしたら、その人が若冲だったかもしれません。何をすべきか?何にお金を使うのか?そして、その価値をどう活かすのか?私ももう一度考えてみようと思います。

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  • 04May
    • 職人芸(the Fixx)

      昨日の式年遷宮からつながるような話ですが、80年代、アメリカでちょっとの間人気があった、The Fixxというバンドがあります。当時の私は「Let's Dance」でPopになってしまったDavid Bowieに勝手に失望して(笑)、「Bowieっぽい」と評されるVocalistがいると聞くとそれらを漁り回っていました。そんなバンドの一つがこのThe Fixxだったのでした。Vocalist、Cy Curninのインテリっぽいルックス、Jamie West-Oramのシャープなカッティングギター、そして確かに声はBowieっぽいんだけど、独特の世界観を持つその楽曲にすぐに大ファンになってしまいました。その頃はちょっと全米でヒットしたバンドは案外簡単に日本に来たので、本当に黄金時代だったなあ・・・と思います。The Fixxも2回行ったのかな。しかし!音楽雑誌なんかで専門家に評価されていたものの、このバンド、何故か急速に売れなくなってしまい、ファンである私もがっかりするようなアルバムもあったりして、結構あっという間に何をしているかわからなくなってしまいました。Simply RedやDepech Mode、XTCなど、この頃私が好きで聴いていたミュージシャンは息の長い人たちが多くて私も目利きだと思ったんだけどなあ・・・。そんなThe Fixxがベスト盤以外にも、Vocalistのソロアルバムを含む何枚かのアルバムをリリースしていることが最近分かったので、往年のファンとしてはもちろん購入して聴くことにしたワケです。昨日ご紹介した「新●月」と同様に、彼らもふっきれたように、生き生きとした楽曲をまた聴かせてくれました。もちろん、バンドとしてやるからには収入がなくては続きません。一方で、一般受けしてセールスにつながればいいというものでもないのが芸術の世界なのではないかと思います。ミュージシャン達が、そのジレンマから解放されて納得の行く活動を完成できるのが、50代~60代くらいなのかもしれません。そして、彼らの活動を可能にしているのが、現在の多様なネット社会のあり方だと感じます。昔は誰もがビートルズを好きだった。でも、それはやはり、限定されたメディアの中で、「大きく取り上げられるものしかみんな知りようが無かったからだ」とも言えるでしょう。子どもたちの誰もが「8時だよ!全員集合」を一番楽しみにしていたのかどうかはわからないと思うんです。何せ、選択肢が少なかったんですから。今だったら、日曜(だったっけ?)の夜8時に、テレビも見ないでネットサーフィンしている子供なんてのも珍しくないでしょう。「初音ミクって何?声優なの?アニメキャラなの?」という理解の人もいるし、「『踊ってみた』って所詮シロウトでしょ?」という人もいるけど、そのコミュニティに熱狂する人たちがいます。マンガなんて、雑誌数が多すぎて、単行本も多すぎて、「上手い人もかなり多そうなんだけど、みんなちゃんと生活できてるのかな・・・?」と心配になってしまいます。みんなの趣味が多様になりすぎて、それぞれのマーケット規模は小さくなっているだろうと思います。でも、だからこそ、職人芸が生き残ることができる。それは私みたいな多趣味な人間には本当に嬉しいことです。もちろん、膨大な情報の中から自分の好きなものを探し出すのは大変でもあります。でも、昔だったら消えて無くなってしまっていたかもしれないものに、今は出会えるんです。だからこそ、自分が「これスゴイ!」って思ったものにはちゃんと投資したいと思います。だって、彼らの作品を鑑賞できなくなったら本当に残念ですからね!

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  • 03May
    • 式年遷宮に思う事(新●月)

      伊勢神宮って行った事ないんですが、初めて「式年遷宮」の話を聞いたときはぶっ飛びました。だって「古来から」のものとか、「伝統的」なものとかってふっる~いものだと思ってましたから。「古来からの伝統に則って、受け継がれてきた手順を踏んで新たに作り直す」という!歴史と伝統に裏打ちされていて、なおかつ真新しい。最強じゃないですか!☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆先日、中学時代からの友人に誘われて、「新●月」という、当時でさえマニアックだったバンドのライブに行ってきました。今は便利な時代なのでYoutubeで当時の動画を見ることができて感動してたら、友人からの誘いがあり、しかも、Vocalがこれまた当時好きだった「ノヴェラ」というバンドのVocalさんだというので、「いいですね~。友人にも久しぶりに会えるし、当時を懐かしむかな♪」などというババ臭い考えで出かけていったんです。とんだ思い違いでした。曲は当時のものがほとんどです。それほどセールスはないバンドだったんで、どんどんアルバムが出たわけではなく、初めて聞く曲も当時の未発表曲を近年まとめたアルバムからだったりしました。そして、都合で当時のVocalistは登場せず、同じ頃全く毛色の違うバンドで活躍していたVocalistと、これまた全く毛色の違う感じの若い女性Vocalistが歌ったのですが、中心メンバーは中年晩期に差し掛かっているにもかかわらず、全メンバーのポテンシャルの高いこと!小さなライブハウス、目の前でのフルパワーの演奏を、最後は「もう、これ以上は無理・・・!」とつぶやくほどに堪能させていただきました。古い曲を新たに作り直して、一つの作品として仕上げる彼らの集中力のすさまじい事。しかも、もはや売上とかこの先の生活とか一切関係なく、作品の質を追求することの、なんという贅沢!この人たちは本当に自分たちの作品を愛しているんだなあ、と感じました。そして、初セッションだったVocalistもかつては競合相手だったはずのメンバーに敬意をもって新たなメンバーとして参加していました。彼らは同窓会みたいなノリでこのライブを計画したワケではなく、最初の私の考えが恥ずかしくなりました・・・!彼らの演奏はその時しかありえない、ずっと受け継がれていながら、新しくて唯一無二のもの。まさしく式年遷宮の精神ではないでしょうか?!古くなんてなりません。何度でもよみがえります。

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  • 01May
    • きてます。(ASA-CHANG&巡礼)

      ASA-CHANG&巡礼 「花」おたく母から生まれた10代おたく息子がなんだか私に聞かせてきたので、何となく気になってチェックしてみました。アニメ「悪の華」のエンディング曲。この作品は読んだことないけど、本屋に行くたびに表紙が目立って、「なんだろう」とはずっと思っていました。マンガ、アニメは見ていませんが、息子がipodのカスカスした音で聴かせてくれた曲の不気味さがとても気になってYoutubeでこのエンディング曲をチェックしました。「なるほど~、サンプリングか。」とは、すぐ思いましたが、話し声のサンプリングってこんなに不気味になるのか!と驚きました。アニメのエンディング曲も良いけど(こわいけど)、ストリングがバックに入っている原曲の方が響きが好きです。ごくごく普通の日常のつながりを不自然につなげるとこんなに非日常的な響きになるんですね。末っ子の小学生はこれを聞いて本気で泣きます。まあ、仕方ないでしょう。(^^;)Youtubeのコメント欄によると原爆についての歌だとか?そう思いながら聞くと、普通の日常が不自然に断ち切られた苦しみの中で、それでも淡々と生きようとしている生命の強さ、その悲しさがストレートに表現されているような気がします。今、世界中の人たちは日本人は放射能にさらされた環境の中で死に向かう空気を呼吸しているように思っているでしょう。実際それを知ろうが知るまいが、私たちは普通の日常を一日ずつ送っています。その姿は遠くの人たちから見たらこんな風に見えるのかもしれない。でも、私たちはここに居るから、淡々と自分の生きる日常を送っています。それを悲惨と見るか?それを強さと見るか?それは、あなた次第。もともと映画のサントラなんだそうですね。今度チェックしてみよう。

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音楽、絵画、マンガ、小説、映画、なんでも好きです。 そして文章を書くのが好きです。 (*'▽')

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