EXZYX FREIHEIT §Ⅱ-2

BACH BWV232 

キリエ信教

islets of Langerhans(ランゲルハンス島)にある


Spitzturm型に彫塑された屹立するKapのspitzeに


朽ちたTempelにSturm unt Drang渦巻くく様式美に揺蕩いながら散乱している青銅画と獣衣と錆びた鋼の針と篝火の台座

若しくはVirus(然も他のSchweinegrippeの類型に比してハート型ウイルス)に侵されたという

そのraison d'etre当然裸形のVenusの遺物を紹介する電脳子画面をかいま観ながら

早朝からkochenされた秘色色にできたてのUnordnungな

しかもichselbstにとってoriginellな一見端緒性を含有している程に開かれた

見透しがよく少しOpportunismusな香辛料を軽く振りかけたWeltは

脳髄のWandtafelに板書された文言についての解釈が多義的にあり


Bedeutung(意味的)にZusammensetzung(構成)されたphysiognomiklich(観照的 )Wahrnehmung(知覚)こそSpezifikation(特殊性)のなかに懐胎するUniversafftät(普遍性)であるということを保持できるのかできぬのなら

希臘青年のΟἰδίπους(オリーブ)を搾ったのち繰り返すことのないWeltgeschichteのWiegezeitに隙間衝くあいだにherauflbeschwören(醸成)されたFruchtweinに佇立する硬質化した澱を発見する作業が


Menschのgeschichtelichdurchprozess(歴史貫通過程)であり

そのWesenにある述語として自立するSinnlichkeitによりZeichnungされる主語を


präsentativなverfachElement(Feuer,Erde,Wasser,Luft)としてdeutlichにNatur界において自存する


PräzedensとしてのそのものをArbeitによってもってgegenstand化するという行為的人間像という

共時的場なる視点の導入はSubjekt-ObjektをSchametisierenし

それ自体を隠蔽化されたfür esとしてgeschichtelichに形成する

それはRotation且Umlauf乃至Umlauf且RotationするSeachとしてのErdkruste


若しくはErdkrusteとしてのSeachがFalschheit虚偽態として自存するfür esとしてKreisする
Altagの具現化というSollenが


Feierlichkeitとして有るKopfstehenしたMenschの関係概念よりGestaltungされた共同性のSpekulation的Ehrfurchtという

そのGegeenstandより発生する軛

そのことにおいてsinification gesttuelleのEntwurf的Ausführung性してPräsentationする

Et incarnates est de Spiritu Santo ex Maria virgine et homo factus est.

猛禽類繁茂する頭蓋の廃屋に屈折せし映現



嫋やかな紅色価値的に染まる対象的現実の隠蔽



数珠の円い円遠近達は感覚に麻痺した黒い薔薇



闇の中での産卵を捨象し二重権力化した幻影の額縁



須らくはG線上の火炎により婉曲する垂線の架け橋



真闇より授与されたる舞踏すらにべもなくする揚棄



君自身の虚なる密教は超越する脳髄の機能的連関



歯肉炎に熱せられた殺鼠剤で瀰漫した純粋直覚



遺棄されし駅構内に蝙蝠はいりませんかという声



規矩引く手走り去る直線は概念の芯を残す



熱帯の本屋にて独我論立読みす毛におおわれた無精者



三月のego思惟啄むしばしのち乾いた涙涸るる



統握するまなく食卓にpr äsentationする熱きベーコン



独我論の本閉じれば夕暮れに佇むalter ego

EXZYX FREIHEIT §Ⅱ

BACH BWV232 

キリエ信教


Mass in B MnnorをGestaltlichに文節化するPantomineを

幻影的Schwindlerとしての個的Machtにより

心象的なるCenbalo的温もり形態で覆う

そんなEvangelist的形式は


Ketchupが零れそうな現働態である底が

球形の玻璃瓶の煌く卯の花の匂う葉陰に在中する

杜鵑がExistenzする月中で或る昼下がりの

然も乱立するöffentlighのdieWohungStereotypの極みである部屋で


Mass in B Mnnorを傾聴し

そのBergsubjektから自生する懐疑というAbstraktumでGesellschaftされたものとBestimmungすることができる

そんなBetonungの度合いがHalbではないというrnlenkungを試行できる唯一のmemeのない情報


seinnightbeschränkungにAnalogisierungされているidetische にreduktionされたGmütstätigkeitensとしての今日的WhrとしてのIchは

いつもと違いKrankhaftなSchawermutlichを心的現象として


Vertragしたその結語としての軸索の伝導率の低下により

容器のスープ混濁するBewußtsein


そしてその決定論的な象徴性に詳らかに懐胎する

憐憫なる典型としての楽劇「Gleichnisseの午後」に


Querflȫteのみが組織的なる意図のもとに奏で流路する


Müdigkeitqたる音が蝟集するひとむれを

石英製の剥片石器で切開したのちの凛とした見通しが

文節した相で先行するdieHorizontalkoordinatenが

またのdie Horizontalkoordinatenへと連綿し

そのうねりがgegenseitigvermittlungとしての拮抗というInhärenzによって形成された円環が

まるで独楽鼠が水車のなかをDrehungし続けるように


Zeitlosigkeit Mechanismusへと換喩し

それ自体が置換的に連鎖し

情況が醸し出す幻視としてのRetentionとして在るKinderzeitの無意識的に待機するVorherbestimmung Harmonieが


Frontallappenv左下方部の記憶残存野に有る茶翅色の刺繍画布に立体的に映現化する



Patrem omnipotentem,factorem coeli et terrae,visibilium omnium et invisibilium.