月と太陽が同居する曖昧な時間。
遠くの方では入道雲が山を作り、今にも夕立がきそうだ。
「こりゃ、一雨くるかな。夕涼みなんてしていたらえらいことになりそうだな」
私の隣で猫も顔を洗っている。
どうやら本当に一雨きそうだ。
「どうしてお前はこんな時に顔を洗うかねえ」
なおう と一つ鳴き、返事をした猫は顔を洗うのを止めた。
小さな筆台を縁側から障子の内側に移動させると、入道雲は遂に近くまで迫っていた。
やはり入道雲は早いなあ、などと感心していると閃光があたりを一瞬照らす。
大粒の雨が屋根を叩き始めた。
「うひゃあ、思った以上に凄い雨だな」
しかし入道雲の動きは早い。
ほんの三十分もしないうちに夕立は去っていった。
--ちりん
雨に濡れた地面が、むせ返るような土と草の独特の臭いを生み出す。
それを涼しい風が屋内に運んできた。
この臭いも、あと少し経つと嗅げなくなると思うと感慨深いものを感じてしまう。
「さて、また夕涼みでもしながら原稿を仕上げるか」
再び筆台を縁側に戻し、頭を悩ませる。
そんな私の事なぞ気にも留めず、猫は私の膝の上でごろごろと喉を鳴らす。
「ははは。お前は気楽でいいなあ」
筆台に向かい、原稿に向かい、文字に向かい、どれくらい経っただろうか。
ふと外を見ると、夕焼けが夕闇に変わるところだった。
花火でもしているのだろうか。遠くでは子供のはしゃぐ声が聴こえる。
鈴虫や蟋蟀の鳴き声も混ざりはじめ、いよいよもって夏の終わりを感じる。
「ふう。一服するか」
冷たい麦茶を茶碗に入れ、口にする。
煙草盆を引き寄せ、煙管に刻み煙草を詰める。
火を着け、ゆらりと煙をあげると
--ちりん
涼しい風がたちまち煙を家の中へ運んでいった。
膝の上で寝ていた猫は怪訝な顔をし、どこかへ歩いていった。
「はは。すまないな。さすがの君でも煙は嫌だったか」
「おおっと、そろそろ線香でも焚かなければ、虫に食われてしまうな」
煙草盆に煙管を打ち付け灰を捨てる。
「はて、どこに置いたか。昨日も同じように探したのに、つい忘れてしまう」
頭を悩ませ、箪笥の上に目をやると線香が置いてあった。
「おお、そうだそうだ。分り易い位置にと思って箪笥の上に置いたのだったな」
線香に火を着け、筆台の隣に置く。
そしてまた私は筆台に向かい頭を悩ませた。
--どどん ぱらぱら
遠くで今年最後の花火が咲いていた。