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リュータローのどんな自分でもダイジョーブ(^^)/ なブログ

どんな自分でもダイジョーブ(^-^)/
自分に全て○を出したら、新しい出会いも出来事も全てが全部○に繋がってる

こんにちは。
前から受けてみたかった「内観」を受けに熊本県は玉名市にあるお寺、「蓮華院誕生寺内観研修所」に足を運んできました。
 
これまで、僕自身が壁にぶち当たっていたことは、母親への怒りだったり、憎しみだったりしたことから起因することが多くあって、きっとその点を戻す、いや許す作業をしないと、これからもどこか生きづらさを抱えたまま時間が経って行ってしまうと思い、ならばとアクションを起こしました。

お寺の中に、その研修所はあり、静かにたたずんでいます。
ちょっと緊張気味↑
 
だって、やっぱり自分でも触れたくないところを触れるのではないか?と半ば不信気味やったです。
山門を抜け、奥に入っていくと本堂の横に、寺務所兼内観のための研修所がありました。
よかった~、人のおって(汗)
内観する部屋はいたってシンプル。
6畳一間に屏風があり、
ここにある座布団に腰かけて、内観を始めるのです。
 
上記に記してある通り、自分の生きてきた歩みの中で、年代別に3つの質問を自分自身に尋ねていくんですけどね。
写真の方は、この内観研修所の代表者でもある大山真弘住職。
あのスーパープレゼンテーションTED in 熊本で、この内観のことを話された方。(あとで知ったんですけども)
ちなみに、その動画は、こちら
 
①してもらったこと
②お返ししたこと
③迷惑や心配をかけたこと
この3つを、小学生の時、中学生の時、高校、大学、社会人~現在にかけて自分に問うていくというもの。
最初は、半信半疑だったし、特に小学生時代のことを思い出すことはなかなか難しかったけど、それでも思い当たることを肩肘はらずに紡ぎだしてみた。
僕の場合は、憎しみ、怒り、恨み、その感情に支配されていた過去があったので、「許す」という行為をもって、手放すことができるという。
相手中心の見方をやってみることで、自分が知らなかった、気づかなかったことに気付くかもしれない。そんな淡い気持ちももちつつ早速始めた。
 
昼食も用意してくださって、カレーをいただく。
カレーのごはんが、五穀米で、小豆も入っているところがお寺らしさを感じてしまった。
外のモミジの木の葉も緑がまぶしい。
一つ一つ母のこと、時間があれば父のこと、姉妹、会社の上司なんてある。けど、必要なことなんだよね。
 
侍ジャパンの小久保監督も内観体験者なのだとちょっと驚く。

内観をやっていると、逆内観といって、元々抱いていた憎しみとか、悔しさとか、恨み、怒りが蘇ってくることもありました。

そのときは、一度内観をやめて、ブレイクを入れる。

窓から見える緑を眺めたり、温かい飲み物を飲んで落ち着かせたりして、まずは大きく息をする。

実際、子供の頃の満たされなかった思いとか、寂しさとか、そこからくる怒りとか出てきた。

また、火がつきそうだったから🔥、ブレイク入れたけど。

そして、3つの質問を自分に問いながら、一定時間に行われる面接で、自分の口でそれを答えていくと、僕は母に対して自分から施しをしたことは、圧倒的に少なくて、してもらったこと、迷惑や心配をさせたことの方がものすごく多かったことに気がついた。

それと同時に、自分はやはり愛されていたんだということも。

途中から、あまりに自分が身内に対して何もしていなかったことが恥ずかしくなってきたぐらいだったです。
一日かけての日帰り内観でしたが、お寺を後にする際に振り返ってみたら、自分は一体身内も含めて周囲にどれだけのことを与えてきたり、自分からしてあげたりしてきたのかなということを一番に考えさせられました。

そして、今日のこの一日内観は、これでやっと内観のスタートラインに立てたということも、住職に教わって驚き😱❕

集中内観をやったら、多分僕は、これまで生きてきた自分の生き方や考え方が崩壊するだろうなということは、想像に難くないと思ったほどでした。

このまま、まだ残っている「拗ね」をもったまま生きていくのか、もうここまででいいやと、それを捨てて本来の自分に戻っていくのがいいのか。
答えはもう出ています。
 
それでも僕は、ジブンらしく生きていく。

これを腹くくって決めることが来たのかもしれないです。