写真などもアップしながら、ボランティアの時のことを何度かに分けて書いておこうと思います。
ちなみに、行く前に、被災者の感情を傷つけるので、写真は撮ってはいけないと聞いていた(ネットで読んでいた)んですが、現地で確認したところ、最近はむしろ「どんどん撮って広めてください」という感じだということだったので、遠慮なく写真を撮らせてもらいました。
私がボランティア活動をした場所は、どうやらこのあたり
だったと思われます。
(画像として貼ってみたが、全く見えんな
そして、黒い部分を削除する技術がどうしても見つからず・・・お恥ずかしい)
そう言えば、「あのへんに線路が」とか言ってたなと思い出しましたが、こんなに思い切り線路が走ってる場所だったのね。全然線路に気づきませんでしたが。
この辺りは、右と左、両側から津波に襲われた珍しい場所です、と言ってましたが、この航空写真を見ると、その意味がよくわかります。
画面の上のほうに小友中学校と小友小学校がありますが、中学校は1階部分がやられたが、ちょっとのことで小学校は大丈夫だったそうです。逆に言うと、山のように見える小高い場所を残して、全部やられたという感じです。
↑被害を受けた中学校の体育館
こちらの地図
が陸前高田市街ですが、なんとか1000(千昌夫に関係のあるホテルだそうな)というホテルの前を通ったので、どうやら国道43号線高田バイパスという道を走ったようですが、この道のすぐ向うはもう海だったんですが、地図を見ると、この道の南側は、元々全面松原だったんですね。神社や野球場もあったりして。
国道43号線から南側の風景。海にしか見えませんが、地図では松原や野球場などがあったようです。言われてみると、ちょっと離れたところに陸地の名残が見えますね。
なんとか1000ホテル。シャッターチャンスを逃してますが、1階を見ると被害の様子がよくわかるんです。(なら、その写真を撮っとけよ、という感じですが。押してからシャッターが切れるまでにタイムラグがあるもんで)
そして、すぐ海辺に立ってる感じなんですが、地図を見るとそうでもない、と言いたかったんですが、海辺の様子もこの写真ではわかりませんね。
