最近、「生きる」ことが難しい。
普通にしてることが、普通じゃなくて。
一生懸命してることが一生懸命じゃなくて…。
世の中不公平じゃん。金持ちだけ得をして、庶民は損をするとか?
どんどん値上がる税金とか、一体「年金」なんて出るのかよ?とかね。
お役所じゃミスは「すみません」で終わり?民間だったら「クビ」ですわ!
辞めたら責任追及しないん?へ~?民間は刑務所入るかもね。プップ(笑えない)
この年で思うのですから、もっと若い方々にとってはもっともっと「不公平!」に感じますよね。
新聞・テレビ…あぁ、ウンザリ。
笑えるネタを出して!と思ってしまう。
でも思った。
楽して、ズルして、人を上から見てるのも一時はいいのかも知れん。
でもホントかな?
未来のことなんて分からないって言うけど、想像つかん?
欲の赴くままに走った人って、一回挫折したら誰も見向きもしないでポイ~![]()
…だわなぁ。利用価値ってやつですかね?それがなくなったら人としても要らんのか?
売れなくても、必死に自分の書きたい歌、伝えたいことを伝えようととしてる人には助っ人がいるんだな。
さっきもア○フィーの特集見て思いました。
そういう努力って、必ず見てくれてるひとがいるんですね。
逆に言うとズルしてることも見てくれてる人がいるってことですよね。
クソまじめに生きると損してる気がする今日この頃。
それでもやっぱり堂々と前を向いて、顔を上げて生きていたい。
職場でもあるんです。
明らかに楽してる人が…。オシャベリして、事務所乗っ取って、隣をセカセカとバケツ持って働いてても知らん顔の人が。
オシャベリしてる時間があったら、入居者さんの水分補給や、元気付けに行ってこいと思いますよ。
だけど、見てるんです。
そういう人、入居者さんから人気ない。
いざという時に話聞いてもらえてない。…それで彼らから出てくるのは「すぐ忘れちゃうからねぇ~」「どもならん
」
そうでしょうかねぇ?
認知症になったとしても「人」ですよ。忘れることがあっても、人の優しさはちゃんと伝わるんですよ。
むしろ敏感なほどにね。
わたしたちのほうが鈍感になってるくらいじゃないかしらね。
そう思ったらね、相手を尊敬できる。
自分なんてまだ青いわい!
くそまじめだから体がもたないと言われる今日この頃…。
それでも嘘や偽りやサボリで終わりたくない。
倒れても、「よくやったね。」と自分に言えなくてどうする?
ま、倒れないように…適度も大切です、ハイ![]()
上手に生きよう。。。
大切に生きよう。。。
クソマジメに生きよう。。。
