風が吹いたら 砂ぼこりが立つ 

砂埃が立つと 砂埃が目に入り視力を失う人が増える

視力を失う人が増えると 三味線を買う人が増える

三味線を買う人が増えると 三味線を作るために猫が捕獲される

猫が減ると ネズミが増える

ネズミが増えると かじられる桶が増える

桶がこわれると 桶屋が儲かる


風を強く吹かせれば桶屋は沢山儲かる

はず

なのにそうならない場合が多い

なぜなら

風が吹くから桶屋が儲かるわけではないからです。

桶がたくさん壊れるから桶屋が儲かるわけで。

頑張って頑張って風を吹かせても桶屋が儲かるとは限らない。

頑張って頑張ってトイレを掃除しても心が綺麗になるとは限らない。

頑張って頑張って良い子にしててもママに優しくされるとは限らない。


やってることはちゃんと因果応報に従ってる。
それでもうまくいかない時は、

ネズミ避けが流行ってたり

押入れがパンパンだったり

旦那と上手くいってなかったり


因果応報の途中に滞りがあるのかもしれない。

つまりそういう時は

頑張りが足りないから上手くいかない
のではなく
頑張ったけど上手くいかない
でもなく
頑張っても頑張らなくても上手くいかない

でも因果応報は正しいから

たまたま風が吹いたら
たまたまトイレを掃除したら
たまたま良い子にしたら

上手くいくかもしれない

こういう時は
頑張らなかったから上手くいったのではなく
頑張らなかったけど上手くいったのでもなく
頑張っても頑張らなくても上手くいった


頑張っても頑張らなくても上手くいかないし
頑張っても頑張らなくても上手くいく

だから

上手くいかなかった時は
因果応報の滞りのせいにして諦めて

上手くいったときは
自分が頑張ったり頑張らなかったりしたせいにして褒めよう

どんな解釈も正解だから

自分に都合良く解釈してこグッニコニコ
私が命を差し出せば

ほんとうに世界が平和になると言われたら

私は喜んで死ぬでしょう


それでは私を愛する人が悲しむから世界は平和じゃないでしょう

悲しむ人がいないとすれば今私を愛している人を信じないことになるでしょう

悲しみを感じなくすれば喜びも感じなくなるでしょう


私が最初から無かったことになれば悲しむ人もいず世界は平和になるでしょう

私が最初から無かったことになれば私は幸せでしょう

私が最初から無かったことにしたいと願いながら生きることを愛する人たちは悲しむでしょう


人は自分の命なんて軽々捨ててしまえるほどに優しい生き物なのです

優しくて優しくて優しいのですよ

そんなに優しくなければそんなにむなしくないのです

だからむなしさを知っている人は愛を知っている人
悲しみを知っている人も愛を知っている人
優しさを知っている人も愛を知っている人

無かったことにしないかぎり
自分の命をかけてしまえるほどの愛をみんなもっちゃってるんですねぇ


だから
まず自分自身の命を大事に大事大事にして
無かったことにしないために❤️
危うく誰かを幸せにしようとしてた

私は今最高に幸せ

他の人も最高に幸せ

と信じる