新しい世界へ
題名をいきなり否定するようですが、あくまで僕にとって新しい世界なだけであって、意外に昔からよく知られている世界のことについて、このブログで綴っていこうと思ってます。
最近、某動画サイトがおもしろくて、ちょくちょく暇さえあれば見ているような生活になっていますが、そこでアダルトゲームの動画もうpされております。
これまで周囲の友達や後輩等でちょくちょく耳には入れていた世界ではありましたし、若干の興味ももっておりましたが、いかんせん、ソフト一本が一万ちかくするものばっかりで・・・('A`)
そんなのを買うなら、文庫本かって暇つぶししている方がいいジャマイカ、そんな気持ちもあり、これまで手を出さなかった分野です。
ところが某動画サイトにて、たまにうpされているゲーム動画のなかに、それらの中で名作と称されているものもあり、試しに閲覧してみたら、これはなかなか・・・
今回はそのなかでもswan songの感想でも、一つ。
これ、すごい作品ですね^^;
なめていたのでかなりびっくりしました\(^o^)/
かなり独自の切り口で、この作品の感想を綴ってみたいと思っておりますし、いわゆるネタバレを惜しみなく示していきますので、未プレーの方は以下の記述を無視することをお勧めします。
さて、というわけでswan songの感想ですが、今回は「正しい行為とは何か?正しい行為と悪しき行為はどこから線引きが可能であるのか?そしてこれらの行為は、状況依存的であるのか、それとも普遍的に定義可能であるのか?」といった問題関心のもとで、この作品を考察してみたいと思います。要するに、道徳的な価値についてこの作品からどのように読解可能であるのか、という問題をめぐっているとご了承下さい。
さて、この問題関心のもと、まずは登場人物を紹介してみたいと思います。
・尼子 司
正直にいうと、正しい行為の代弁者というよりは、人生の価値とか世界の意味みたいな問題意識で読み取らないと苦しい人物です。本作品の主人公。スワンソングの鑑賞者であり、価値が客観的な承認をへるよりも、自己完結的であることを指示しているっぽい人物^^;
最後の共同作業は、ぶっちゃけ意味不明でした\(^o^)/
・八坂 あろえ+乃木 妙子
前者はホモ・サケル。もはや完全に善悪の彼岸に位置づけられている人物です。スワンソングの実行者ですが、実際の白鳥がそうであるかのように、本人からしたらそんな意図が最初からないところがおもしろかったです。あえて、これから綴る主題を先取りすれば、あろえは完全なる絶対的他者です。一方では人から蔑視されながらも、他方では畏敬の対象にもなりえる、そんな感じの登場人物でしょうか^^;ただし、ドストエフスキーのカラマーゾフのスメルジャーコフの母親に比べると、なんだか・・・ 比べちゃいけないんでしょうがw
後者は、スワンソングというタイトルがなぜこの作品につけられているのか、ということの理由を説明してくる人物です。後半での母親との会話はおもしろかったです。母親が社会が存立するために必要不可欠な宗教の意味や役割、すなわち支配者側の論理を提示するのに対して、後者は純粋な祈りみたいなものを擁護しているっぽい感じの議論を繰り広げます。実のところ、このブログの作者は宗教に対してあまり関心をもってこなかった経歴があるので、よくわからないところが散見されましたが、母親と娘の会話には、作者自身の苦闘をよく表わしていると感じられました。いぁ、とくにこれといって根拠ありませんが、なんとなくです^^; この作品のラストは、いびつな像に対する価値付けが分かれるところが、最大のポイントです。実際の白鳥の鳴き声がいびつであるということと、それは類比的関係をもっていると予想できるでしょう。
・川瀬 雲雀
後半というかラスト、うやむやになってしまった人物です。あろえとかなり近い位置関係にある人物です。すなわち、自分の感情に忠実な人物です(あろえの場合は感情に忠実というと、それさえも違和感を覚えてしまいますが^^;)。この人物は道徳的判断の基準を自分自身の感情においています。そしてストレートにそれを表現する人物です(その点で、自分自身が抱いた感情をまず反省してから、そこから打算的に、すなわち間接的に表現するユカとは決定的に異なる人物)。もちろん感情に忠実であるがゆえに、作中人物からは浅はかな人物というようにレッテル貼りされますが、一部の登場人物ないしはこの作品に接する読者には、周りの人間を気遣っての行為ということが了解可能であり、その点で理性的な人物であることも示されています。彼女の立場をあえて代弁するならば、「道徳的な価値判断の基準は、理性ではなく感情におかれている。したがってわれわれの行為の規範を理屈づけることはナンセンスであり、労力の無駄になってしまう」ということになりますでしょうか^^;
・佐々木 柚香
一言でいってしまえば、他者承認による快感を自身の行為の規範にしている人物。ただし、ここでおもしろい点が、彼女は他者不信であるという点です。あろえは他者不在の世界を生き、クワガタが他者依存の世界を生きるのに対して、彼女は徹底的な他者不信の世界を生きている人物です。ピアノの等で、自身が他者から価値ある人間と認められないということを知り、それに対して、自身を非力を嘆くと同時に、その裏ではそんな自身のことを認めてくれない他者を徹底的に信頼していない人物です。ラストで主人公を信頼しているような言説が示されますが、ラストはいかにも女性的な口論を展開して、それにうんざりした経験しか持っていない者としては、かなり辛かったです。ゆえにラストでの主人公とユカとの議論は、ほとんど聞いておりませんが、かなり多くの人物と対比的な関係をもっているように見受けられました。ドストエフスキーのソーニャや次男坊の婚約者(後者はカラマーゾフの登場人物ですが、名前忘れちゃいましたw)とかなり近い人物っぽいです。詳細は後ほど。
・田能村 慎
行動の善し悪しを語る上で必要な議論になると思いますので、それを先取りする意味もこめていってしまえば、インパーシャル・スペクテーターの立場を代表する人物。彼が他の人物の行動を諫止したり、またはリーダー・シップをとるときは、たいていこの公平中立な観察者の立場からなされます。しかしインパーシャル・スペクテーターが実際にはこの世に存在しないのと同様に、むろん彼もこの立場のみの人物ではありません。自身の利害関心から行為を決定づけるところも、むろんあります。ただし彼の行為は、たいていの読者の賛同を得られるように仕組まれております。スミスからカントへの仕事の流れが、ある意味でインパーシャル・スペクテーターから理性主義の流れであるというように解釈可能であるならば、あきらかにこの人物は理性的に物事を取り決めていく人物です。しかもここで注意しておかねばならない点は、彼は他の人物との話し合いを重視し、自身の考えよりも話し合いの結果を尊重する型であるということです。この人物も語るとかなり長くなりそうなのです、詳細は後ほど^^;
・鍬形 拓馬
おそらく、行為の良し悪しということを考えると、その説明が最も長くなりそうな人物の一人。作者は狂気ということにもかなり関心をもっている人物っぽいですね^^; いぁ、この人物が一番丁寧に描写されているから、そう思うだけで、やっぱり根拠薄弱ではありますがw 道徳的な行為の判断基準を、他者承認から導きだしながら、また他方で他者を信頼しまくってちゃってる人物。簡単にいってしまえば、彼のような人物は、他の人がやりながらなおかつ処罰されない行為というものをストレートに受け入れるタイプです。彼が後半で語る、「地獄、それは他人のことだ」というかの有名なセリフには、相応の重みがあります。ユカが他者に屈服しない型ならば、こちらは最初から他者に屈服してしまってる型です。自己評価等も、すべて他者からの判断を基準にしております。最初の方で、おもしろいエピソードがあります。彼は、自身が崇高なる怒りを感じ、それをアピールしまくる箇所です。しかし逆にその行為を、ヒバリからなじられるわけですが、ヒバリのその陰口が聞こえるや否や、彼は自身の崇高な怒りの表出をあっさり撤回してしまい、それを詫びるわけです。ここからわかることは、彼の理不尽な暴力に対する怒り表出(表現的行為)というものは、つまるところ他者承認へのアピールになっているということです。それは結局、ラストまで変わることのない彼の基本的スタンスになります。ここでユカと決定的に異なる点が、ユカにとっては他者承認を求める行為をした後の他者からのリアクションがあまり重要ではないことに対して、むしろクワガタは他者からのリアクションの方を重要視している点です。クワガタという人物を語るには、①成人式での誓い→ユカとの破局→ノゾミとの出会いと、②自衛団団長代理という二つの節目も見落とせません。この人物はかなり語りやすいです^^; 作中でも、かなり丁寧に描かれているのでw 扱いならば、主人公よりも丁寧に、その心理的状態や変化が描写されてますwwwww
とまあ、こんな感じの登場人物がいるわけですが、もちろん彼らだけではなく、他にも色々な人物が登場します。
また、先にも断ったとおり、かなり偏った人物紹介です^^;
これから個別的に、もっと詳しい紹介をしたいのですが、本日は疲れたのここまでということで^^;
それにこの軽い人物紹介でもあらわになっていることですが、これからの記事も、まず考えをまとめてから記述しているのではなく、むしろ考えながら記述している方式を採用しておりますので、冗長駄文、読みづらいことは悪しからず、ということでご了承下さい^^;
しかし、このアダルトゲームの業界、某動画サイトで取り出した情報を総合すると、こういった作品がけっこうちょくちょくあるみたいですね^^;
現代の文学の衰退に比べ、才能が集まってる印象を受けましたwww
それと最後に断っておきますが、エロに関しては全く言及しませんw
某動画サイトで閲覧すると、まずエロ箇所が削除されているみたいなので、言及しようがありませんが、それに先立ってあまりそういった描写には興味がないためです。
