栃木県下野市の天平の丘公園に

万葉植物園と紫式部の墓があるとのことで見に行ってきました

天平の丘公園

下野市国分寺町にあります

 

まずは防人街道と名付けられた遊歩道

ところどころに万葉集の防人の歌がかけられています

 

松の木の 並みたる見れば 家人の

我を見送ると 立たりしもころ

 

まつのけの なみたるみれば いはびとの

われをみおくると たたりしもころ

 

巻 二十  防人の歌

       物部真嶋

 

松の木が並んでいるのをみると

私の家族も私を見送るために

あのように立ち並んでいたなあと思う

遊歩道を進んでいくと

万葉植物園の入口

「万葉集編集長 大伴家持」の留守宅という設定がオシャレです

 

園内には万葉集に詠まれた植物、

120種あまりが植えられて、

それぞれの万葉歌の銘板も添えられて

いるのですが

あまり手入れがされていないようで

植物は枯れてしまっているものも

多いのが残念です

 

 「さといも」

 

「ところ」

これって「ところ」なのでしょうか?

時期がくれば「ところ」が生えてくるのかしら?

 

「しい」

 

家にあれば 家に盛る飯を

草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

 

有間皇子  

 

椎は間違えようもなく立派な椎の木ですが

飯を盛ろうとしても、

椎の葉には手が届きそうにもない大木でした

 

万葉植物園の整備計画があるようですが

なかなか追いつかないのでしょうね

 

やぶ蚊がとても多くてゆっくり

見て回るのは無理

 

万葉植物園は早々に切り上げて

「紫式部の墓」へ

 

 

 

紫式部の墓と伝わっているのは

鎌倉時代の五輪の塔でした

地方豪族の供養塔として

建立されたものですが

ここの地名を「紫」というので、

紫式部の墓と言われるようになったようです

 

天平の丘公園には古墳もありました

オトカ塚古墳

 

6世紀後半の墳長約58mの帆立貝形前方後円古墳

 

蓮池もありました

花の頃はきれいでしょうね

 

国見山もありました

前方後円墳の形に整備されている築山です