こんばんわ!
先週の「人志松本の〇〇な話」名言特集にて、スリムクラブの真栄田がジョナ・ロムーというラグビー選手の名言を挙げていました。
スポーツ全般まるで無知な私、ましてやラグビーなんてルールもわかりません。
(てか、さっきまでラグビーをラクビーだと思っていた驚愕の発見www)
ってことで、『ジョナ・ロムー』wikipedia
トンガ の家系をもちオークランド に生まれる。オークランドのウェズリーカレッジ卒業。身長196cm、体重119kg(公式発表)の身体から生み出される圧倒的なパワーと爆発的なスピードを兼ね備え「暴走機関車」「空飛ぶ巨象」と呼ばれる。100mを10秒5で駆け抜ける脚力をもちWTBとして活躍。高校時代から才能を開花し、ニュージーランドU-17代表、U-19代表、U-21代表を経て1994年 には史上最年少の19歳でラグビーニュージーランド代表 (オールブラックス)に選出される。オールブラックスでは63キャップ、37トライ、ワールドカップ15トライを記録。1995年 のラグビーワールドカップ へ出場するも決勝戦で南アフリカ に敗れ準優勝に終わる。ロムーは同大会で7トライをあげトライ王に輝く。 1996年 の南アフリカツアーに参加するも、怪我とネフローゼ症候群 に悩まされ、1997年 シーズンは数試合に出場するも、残りの試合を欠場。1998年コモンウェルスゲームズ 7人制ラグビー ニュージーランド代表として出場し金メダルを獲得する。1999年 に開催されたラグビーワールドカップ に出場し8トライをあげるもチームは準決勝で敗退。3位決定戦にも破れ4位に終わる。ロムーは同大会トライ王に輝く。この大会後にアメリカ のNFL 、イングランド のプレミアシップ への移籍も噂されたが、オールブラックスでの競技生活を優先するためニュージーランドに留まる。2000年 にオールブラックスメンバーとして8試合に出場。2001年 に開催された第3回ラグビー7人制大会中、怪我で離脱したエリック・ラッシュ に代わり急遽招聘され、ニュージーランドを優勝に導く。2003年 に腎臓 機能が悪化し人工透析 を開始する。病状が悪化し腎臓移植以外に回復の兆しはなく、歩くこともラグビーをすることも不可能と宣告される。2004年 に移植提供者が見つかり手術は成功する(後に腎臓提供者はウェリントンのラジオパーソナリティー、グラント・ケレアマであることがわかり両者は再会を果たす)。手術後のリハビリを経て2005年 にラグビー選手として復帰する。NPC ノースハーバーと契約するも肩を負傷しシーズンの大半を欠場する。休養中はコーチとしてチームを支え、同年のNPC終了後にウェールズ のカーディフ・ブルーズ でプレーするためケルティックリーグ へ移籍する。2006年 4月に足首を負傷しニュージーランドへ帰国する。ノースハーバー2軍を経て、ノースハーバー配下のマッセーに所属。マッセーでも怪我に悩み、わずかな出場機会に終わる。2007年開催のラグビーワールドカップ への出場意欲を見せるも、スーパー14 のチームとは契約できず、オールブラックスの選考から外れる。 2009年10月、日本ラグビー協会より2019 ラグビーワールドカップ ラグビーアンバサダー(親善大使)に就任することが発表された。
みなさんは知ってましたか?
119キロの巨体で、100mを10秒5って!凄くないですか?!
で、こんな天才的な身体を持つ人が、病気と怪我で歩くことさえも困難な状況に。
しかし、全く諦めずにリハビリなどを続け選手として復帰。
何故そこまで頑張るのか?という問いに、
【苦痛はすぐに終わるが、栄光は一生続く】
こう答えたそうです。
かっこいいー!!!
なんか励まされました。
さて、明日も仕事だ。
もう寝なきゃなー。
そそ、明日は蒲田ドラ魅ちゃん駅前店にサプライズゲストが登場します☆(答えは明日ね!)
あと、マイミクの麻雀強い人があたしを倒しに来店するそうです(笑)
この人とはいろんな雀荘で何回か対戦してるけど、現在ちょっと負け越してます。
明日も負けてしまうと、もう挑みに来てくれないかもしれないので、負けるわけにはいかないな(>_<)
そんな必死のあたしを冷やかしに来てくれる人も募集です^^
じゃ、おやすみ~(θωθ)/~