「お前たち、

蘇我入鹿と言ったか?」
今度は義家叔父さんを追いかけきた村人たちの一人が言った。
 
「先ほども言ったが、お前たちは蘇我の一族ではないのか?」
そう言いながら、手に持った槍を突き立ててくる。
「うぅ〜。」
その村人を見て、すぐさま吠え、警戒するドーベルマンたち。
 
「違う!
私たちは遠くから来たもの。
あなた達が知ってるはずはないし、この地に知り合いはいない。!」
そう叫んだのは、義家叔父さんだ。
 
村人たちがその言葉を納得したとは思えないものの、先ほどの攻撃的な視線はやや弱まったと思うのは、気のせいか?
 
「遠くから来たとは、どこから来たのだ。」
 
すぐ答えようとして、義家叔父さんは口を開いたものの言葉にはならなかった。
 
「近くの津に船が来たとは、聞いていない。
生駒山から来たのではないのか?
あるいは吉野の森からか?
 
いづれにせよ、
お前たちの服装もあの黒い狼も見たことがない。
 
もしや、異国の地から来たのか?
にしても、
百済(くだら)や高句麗(こま)の民にも思えない。
我らの祖先が住む漢(から)の国からとも違うようだ。」
 
「いまの天皇はどなたですか。」
大樹のように背の高い行蔵が聞いた。
「ああ、確か大王(すめらみこと)と呼ぶのでしたか?」
 
村人のうちの、小柄でサイコロのように四角い顔をした男が言った。
「ひょっとして、大王(おおきみ)のことか?」
「ヒタラシヒメノミコト(天豊財重日足姫尊)とおっしゃる皇女(ひめみこ)じゃ。」
 
「ヒメミコ?女性ってことか。じゃあ、推古天皇だ!」
そう叫んだのは、意外にも大きな額から汗を吹き出す吉田さんだった。
 
「推古天皇?
 推古天皇なら聖徳太子の時代だろ?
 蘇我入鹿が殺された乙巳の変は、皇極天皇じゃあなかったか?
 確かに、女帝だったけど。」
そう答えたのは、義家叔父さんだった。
 
みんな、日本史に詳しいのね。すごい。
 
「お前さんら、何の話をしとるんか」
「お前さんら、どこのもんなん?」
 
言葉とは裏腹に、村人たちは槍や刀を下げおろし、警戒する様子はなくなったようだ。