会社と家族

仕事と家族

権利と責任

経営者と労働者

次期社長


今現在、しっかり考えて自分の答えを見つけなきゃと思ってるネタ。



社長が、みんな自分が社長になるつもりでいてほしい、そういう姿勢でいてほしい、と言っていた。


もしも社長以下管理職までがみんな一度に事故とかでいなくなったらどうする?と言った。

社長の奥さんは常務なので、「常務のとこに駆け込む」と答えた。社長の妻である前に、この場合唯一の経営者寄りの人だから。

「夫の死(仮)を悲しむ権利はないのか?」

常務にそれを求めるならば、みんなもそのつもりでいてほしい、と社長は言った。

要は、家族より会社を優先すべし、と。

「それが平等じゃないか?」


「経営者と労働者は平等なのですか?」という問いは流されてしまった。



もしも社長が突然不在になったら?

論点がこれならば。

現社長が突如何かの理由で社長業ができなくなったら。

その時のためにするべきことは準備。

会社の運営に関わるノウハウやら、社屋の鍵とか全てが社長宅にある、という状況をまず見直せば、常務に夫の死(仮)を悲しむ権利はいくらでも与えられる。そして論点もずれない。

準備。

リスクの分散。



権利と責任は常にセットで、大きな権限を持つほど責任も重大になる。

というのも社長の言葉。

社長になりたいか?…なりたくありません。

出世したいか?…別にしたくありません。

何故?…重い責任を負いたくないからです。

というのが成立しているとして。

社長と一般社員、経営者と労働者が平等であるべき、とは思い難いのだけどどうなんだろ?

もっと考えてみよう今度。














中小企業、でしょう。


社長と言う人は一般社員の手の届くところにいます。

毎日顔を合わせるわけではありませんが、しばしば話せる機会があります。

だいたい酒飲んでるときです。


よく、語ります。で、「考える」ことをさせられます。


当然ですが、社内では圧倒的なリーダーシップを発揮しています。

バイタリティーに富んでます。


確実に自分より賢い人を前にしたとき、その人の意見が正しいように思えます。

それにのっかっているのはとても楽です。

それが無くなったら指標を失い、迷う。

自分で歩けるように、考え、自分を持っていなくてはと思います。

確実に自分より賢い人が、常に正しいとは限らない。

自分にとって正しいことは、自分の中に持っていたいと思います。


だから、考えます。

いろいろと。




ひたすら考えてみようと思う。


でも気も抜く。


たぶん抜いてばっかりで。


でも考えたい。