僕らが高校の頃、僕らは教室を「舞台」と呼んでいた。


「教室は舞台だ」と明言したのは通称下ネタモンスターのSだ。


その舞台を総合プロデュース(ただ下らない企画を出してただけだが)していたのは僕だ。


そして、何を隠そうそのベースを造ったのはY治なのだ。



本人に自覚はないだろう。だって運命がそうしたのだから。



彼と僕は名前が近いので席が前と後ろになることが多かった。中学一年、つまり入学式のときに隣同士になったことがそもそもの始まりである。さらにY治と私はプロレスとC&Aという一般的に言えば微妙な趣味で間もなく意気投合したのだ・・・。


英語のよくできた彼は英語の時間だけ目立つ、なんというか、つまりはそんな奴だった(わかる?)。


僕らの中学のときの英語の教師(通称・大仏)は僕らに教科書に載っている英語の長文を訳してさらにそれに関する資料を図書館に行って調べてきて発表しろ、というなんともしち面倒くさいことをさせていた。


面倒くさがり屋の僕とY治はもちろんそのようなことは適当にしかやらなかった。てか、やらなかった。


しかし英語のできるY治大仏にいつも指名されたので何か発表するしかなかったのだ。



確かあれはカナダについて調べて来いというものだった。


困っている僕がY治にアドバイスを送った。


「カナディアン・バックブリーカー」



Y治は了解という顔をして教室の前に立ちこう始めたのだ。


「カナダと言えばカナディアン・バックブリーカーです。このプロレス技は相手を担ぎ上げ・・・」

と。


「おいおい!!N村(Y治の苗字)!!何言ってるんだ?」

大仏は怒鳴ったのだが大仏は大のプロレス好きであることを知っていたので本気では怒られずなんとか許されたのだ。


しかし大仏

「明日もお前が調べて来い!!」

Y治を指名した。


次の日、もちろんY治は全く何もしなかった。次は確かフランスだった。

俺はY治に告げた。


「アンドレ・ザ・ジャイアントはフランスで木こりをしていたんだ。」

と。


Y治はがってん!!という顔をして教室の前に立ちこう始めた。


「フランスはあの大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントが生まれた国で彼は木こりをしていました。アンドレといえばプロレス。プロレスといえば力道山です。力道山は日本プロレスの父です・・・・」


「N村ーーーー!!」

大仏必殺のナックルアローY治の頭頂部に炸裂!!


そして教室は大爆笑!!!!!


頭を抑えて痛がるY治を見てこいつの才能を確信した僕はその後も数多くの場でY治を起用し大爆笑を生産していったのだった。

そう、後にこれが「教室は舞台」につながっていくのだ・・・・。


先日、Y治俺の電話を無視した。普通なら怒るところであろうが俺はわかっている。これは次に逢うときのY治の一流のフリなのだ。

Y治は笑いに厳しい。どんどんハードルを上げる。


おいおい、Y治これ以上ハードルあげたらお前、、、、、死ぬかもよ、、、、、ケケケケケwww

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