一同は、法師丸の言に驚いた。双子は忌み嫌われた時代ながら、正室である廸との間の子である。本来ならば、嘉平より先に諱をもらうべきであり、庶丸こと嘉平が僧籍であっても怪しむ者はいなかった。
「法師丸様は何故に決断成されたか、深意を伺いたい。」
小濱迅悟郎は、父の兵衛に似ているが、それでも冷静に話を切り出した。迅悟郎にも妻子が出来、橘一族として若狭屋敷に詰める者として、どうしても訊きたい話であった。
「迅悟郎殿の質問に答えます。私は、本来、殺されていてもおかしくない者でした。仏縁によって生かされていると思うようになりました。父母も、兄・義充も、義母の庶殿も、慈愛に満ちた愛情を注いで下されました。それに、兄や弟の嘉平款章に比べても、武芸は苦手ですが、学問に関しては二人に優るとも劣らぬと自負しております。故に、学問を修める事が、当家や橘の一族にも役立てると考えました。」
迅悟郎は納得した様に頷いた。
「ついで申し上げるならば、私の導師様は三井寺の義胤(ぎいん)様。法名は義斟(ぎしん)を頂きました。」
「義斟・・・それは如何なる意味の法名でございますか?」
末席に控えていた義胤は、法師丸の無言の合図によって、発言した。
「三井寺の義胤でございます。一言申し述べさせていただきます。」
一同は静かに義胤を見る。
「私はかつて武芸のままならぬ滝口の武士でございました。悩みの中にありました際に、出家を薦めていただいたのが、次郎様でありました。」
「この度、法師丸様の出家の話を相談された時、私は喜んで受け入れました。また、次郎様と奥方、並びに法師丸様の決意をお訊きし、導師を務めることを決めました。」
「法師丸様の法名の『義斟』の真意とは、例え僧侶であろうと、『義』を持って精進し、様々『斟』酌しながら日々を生きよ・・・との思いにて、名付けました。」
「源氏に於ける通字の『義』も入れて居りますゆえ、10年後に還俗される際にも諱をつけやすいかと。」
一同は納得した。同時に洒落を利かせる当たりは、高僧とは違う人間性を感じたのである。
「他はあるか?」
左門が聴くが質問もない。
「では、以上を持って元服の儀を終了する」
無事に終了した。