インフルエンザ予防接種で医院は混みあっています。午後診や土曜日は子供さん連れの家族がいっぱい。なかでも休み明け月曜日の夕方などは大混雑❗️。

しかし、昨今のコロナウィルスの増大に伴い、当院でも出来るだけ「密」とならないように、呼び出しベルを導入したり、入場制限を設けることにしました。予防接種などの若い元気な方は院外で待機、また、お車でお越しの方にはお車での待機をお願いしています。たいへん心苦しいのですが、ご理解、ご協力をよろしくお願いします。

(箕面駅前)

ところで「ワクチンはいつまでありますか?」とよく聞かれますが、残念ながら分かりません。医療機関ごとに、前年接種分くらいを最初に割り振られます。ですので昨年の数くらいはありそうです、が、追加分がどの程度あるのかなど詳細は我々にも教えてもらえず本当に分かりません。ちなみに、例年、当院は12月末まで特に途切れることもなく接種を続けています。

(往診先)


「今年は流行りますか?」も、よく聞かれます。もちろん分かりません。コロナによるマスクや消毒の習慣によって流行らないのを願うばかりです。


急に朝夕冷えこむようになってきました。つい先日まで猛暑だったのに…。箕面駅前の紅葉たちも急いで衣替えです🍁。


インフルエンザの予防接種(高齢者)も始まりました。季節の変わり目、寒暖差にやられないようにご自愛下さい。


ホント熱いです!毎日、汗かいて汗かいて、こんな感じ↓です。。。





太平洋戦争の末期、何度も何度も大阪の街は空襲を受けました。空襲警報が鳴るたびに、天下茶屋に住んでいたある女性は「鉄かぶと」をかぶり、右手には洗面器をかぶった兄12歳、左手にはバケツをかぶった弟9歳、背中には毛布でくるんだ乳飲み子、焼夷弾で熱く焼け出された中を防空壕を目指して必死に逃げ回りなんとか生き延びることが出来ました。大阪の家を跡形もなく焼け出され戦後すぐに箕面へ移転します。


その鉄かぶとの女性が25年前に亡くなった私の祖母で、背中の赤ちゃんが私の母。祖母や母が戦争の犠牲になっていたら、今の私も子供たちもいません。以上は5年生の時の夏休みの宿題で祖母から聞いたお話の一部です。子供たちにも伝えています。




戦後75年、例年と違う甲子園に響く正午のサイレン。平和に感謝しコロナの収束を祈り、黙とういたしました。