中央が聖武天皇、その左隣りが光明皇后。稚児たちの舞が奉納された

 

昨日(2026.5.3)、恒例の「平城京天平行列」見に行ってきました。これはイベント「天平への誘(いざな)い」(旧 平城京天平祭)の一環で、「朱雀門ひろば」で行われました。午前と午後の2回あり、私は午後の部へ。当日は雨模様でしたので10分繰り上げ、午後2時20分、行列がスタートしました。早速、今朝(5/4)の奈良新聞に紹介されていました。引用しますと、

 

 

衣装まとい儀式再現 朱雀門前で「天平行列」

奈良時代の王朝絵巻を再現するイベント「天平への誘い」(平城京天平行列実行委員会など主催)が3日、奈良市二条大路南の国営平城宮跡歴史公園朱雀門ひろばで行われた。 

 

 



「平城京天平行列」は2回あり、後半では聖武天皇と光明皇后をはじめ、貴族、雅楽隊などにふんした総勢約70人が、天平衣装をまとって朱雀大路を練り歩いた。2023年に終了した平城京天平祭の後継イベントとして24年から会期を短縮して実施している。

 

朱雀門前のイベントが終わると、衛士隊(えじたい)を先頭に退場する
 

雨予報のため予定より少し早く始まった行列には大勢の観光客が集まり、みやびやかな行列にスマートフォンのカメラを向けていた。衛士隊による開門・閉門儀式の再現、奈良の食材を使った飲食ブースなどもあり、平城京天平祭で人気だった日本放鷹(ほうよう)協会による「鷹(たか)狩り」も3年ぶりに復活した。

 

 

 

奈良市の松本雅子さん(86)は「行列は衣装が華やかで良かった。久しぶりに雅楽も聞くことができて満足。イベントでは歴史の勉強もさせてもらった」と話した。

 

 

このイベント、華やかで楽しいので私は毎年のように訪れるが、いつも気になるのが黒ずくめのスタッフたち。遠慮会釈なく被写体の前に立ちはだかり、長い時間をかけて写真を撮る。何十人という人が舌打ちしながら、立ち去るのを待っていることに、気がつかないのだろうか(腕章をつけているのが報道機関とすれば、残りの人たちは何のために写真を撮っているのだろう)。

 

 

向かって右下の男性は、少しでも邪魔にならないようにと、しゃがんで横から撮っている。せめて、このような気遣いができないものだろうか。

 

最後は愚痴になったが、行列が午後3時までに終わったので、雨に遭わずに済んだのはラッキーだった。明日からは天気も回復しそうだ。さあGWも後半戦、楽しんでくるぞ~っ。

春満載の天ぷら盛り合わせ

 

「旬の味 田一」は時々、利用している。地下鉄中央線「緑橋」駅から約200mの場所にある(食べログは、こちら)。緑橋へは、近鉄生駒駅からわずか20分だ。

 

 

 

「緑橋」とか「深江橋」という駅名は、かつてここを流れていた千間川(せんげんがわ)という太い用水路にかかっていた橋の名前だそうだ(今は暗渠となり、橋も実在しない)。

 

 

このお店は、私の大学時代の友人・Yくんの親戚筋にあたるので、Yくんに誘われて時々、お邪魔していた。今回は奈良市に住む別の友人と2人で、「春の魚介を楽しもう」と、繰り出した。予算だけお伝えし、料理は「お任せ」でお願いした(訪問日=2026.4.22)。

 

 

前菜に続き、刺身盛り合わせが出てきた

 

 

よく「東京人はマグロを好み、関西人は白身魚を好む」と言われるが、いろんな白身魚と、ハモまで出てきた。これはうまい!

 

 

お次は、春の山菜などの天ぷら(=トップ写真)。桜エビの赤が、食欲をそそる。天ぷらは、「腹を空かして行って、親の敵(かたき)にでもあったように揚げるそばからかぶりつくようにして」食べよ、と書いたのは池波正太郎だったっけ(『男の作法』)。

 

 

おお、春の味覚・毛ガニが出てきた。食べやすいように、うまく包丁が入っている。これで1人前だ。近くのテーブルに、賑やかな大阪マダムたちのグループが着座されたが、気にせずカニにしゃぶりつく。ああ、幸せ!

 

焼き物。料亭の一品のように、繊細な盛り付けだ。

 

アワビも、このように手をかけて、豪華な逸品に仕上げている。

 

 

意外や意外、ここで牛肉が出てくるとは!とても柔らかくてジューシーな和牛だった。これはおろしポン酢でいただいた。Yくんは、よく「カツカレーを予約して、締めに食べる」と言っていた。さすがにそのような蛮勇はなかったが、牛肉は良いアクセントになる。

 

 

締めは寿司とお吸い物。お寿司屋さんではないのに、こんなにおいしい寿司を提供されるとは!

 

デザートは甘酸っぱいハッサクのヨーグルトがけ。和歌山県出身の私は、柑橘類が大好物だ。それが最後に出てくるとは!

 

いやー、これはおいしかった。春を感じさせる料理の数々。体に丸ごと「春」を取り込んだような気分になった。これで1人前が1万円とは! やはり「お任せ」にして、正解だった。メニューを見て注文すると、どうしても、いつも同じような物ばかり頼んでしまうのだ。

 

田一のご主人、奥さん、手配していただいたYくん、ありがとうございました! 必ずまた、奈良からお邪魔いたします!

この写真は、フリー素材サイト「ぱくたそ」から拝借

 

先日、当ブログに〈団塊の世代は「早死に」するのか?〉という記事を書いた。なお団塊の世代とは、〈昭和22年(1947)から昭和24年(1949)ごろの第1次ベビーブーム時代に生まれた世代。他世代に比較して人数が多いところからいう〉(『デジタル大辞泉』)。

 

昭和28年(1953)生まれの私より、4~6歳上なので、今だと76~78歳の後期高齢者ということになる。最近になって私の周囲で、この世代の訃報が続いたので、「やはり皆さん、働き過ぎたのだろうな」と思っていたのである。

 

この記事を私のFacebookに転載したところ、Fさんという男性(社会保険労務士)から〈同世代の人が多く、競争に巻き込まれて頑張ってきたように思います。逆に、大義というか大きな志に生きる人が少なく、これといった大人物を輩出していないように思っています〉というコメントをいただいた。

 

これには、気づかなかった。総理大臣経験者でいうと、小泉純一郎さん(昭和17年=1942年生まれ)と安倍晋三さん(昭和29年=1954年生まれ)の間あたりの世代になるだろう。思いつくままに名前を挙げると、鳩山由紀夫さん(昭和22年)、菅直人さん(団塊世代より1年早い昭和21年)、菅義偉さん(昭和23年)などになるが、いずれも短命内閣だった。

 

実業家でも、ユニクロの柳井正さん(昭和24年)、ドン・キホーテの安田隆夫さん(昭和24年)、ジャパネットたかたの髙田明さん(昭和23年)くらいしか思い浮かばない。これは「大きな志に生きる人が少ない」ということになるのだろうか。

 

しかしミュージシャンなど、芸能人に目を向けると俄然、様子が違ってくる。矢沢永吉さん(昭和24年)、吉田拓郎さん(1年早い昭和21年)、加藤和彦さん(昭和22年)、財津和夫さん(昭和23年)、谷村新司さん(同)、泉谷しげるさん(同)、大滝詠一さん(同)、南こうせつさん(昭和24年)などなど。

 

団塊の世代には、政財界とは違う世界で活躍されている人が多いのである。志の立て方というか、志の「方向性」が違うのである。これらをひとくくりにして「世代論」を論じるのは早計に過ぎるだろうが、団塊世代のミュージシャンのおかげで、日本の音楽シーンが豊かになったことだけは、間違いがない。