祖母に会いに行ってきた。

食事をしなくなり、体が弱り切ったと噂を聞いていたので心配しながらの訪問。
 
栃木のひっそり佇む老人ホームは、自然豊かな秋の紅葉に包まれていた。
「初枝さん(←祖母の名)連れてきますね」
係のスタッフが部屋の奥へ歩いて行き、ほんの数分、椅子に腰掛け窓の外の風景を見ていた。 
 
車椅子で連れられた祖母は思ったより元気そうで、僕の顔を見て一言「かわいい」と言った。
僕が孫だと言うことは一切わからぬようだが、快い訪問者が来たとばかり笑っていた。
 
祖母は歌と踊りが若い頃から好きだった。
お祭りがあれば舞台で化粧をし踊り、街の人気者だったと聞く。
 
「♪赤いりんごにくちびるよせて〜」
「♪カラスなぜなくの〜カラスは山に〜」
 
僕が話しかけると返答のかわりに歌を唄い出した。
よく歌詞を覚えているなぁと感心したが、記憶とは違う脳で歌を覚えているのかもしれない。
 
目を合わせると舌を出し「あっかんべー」と言う。
まるで子供のようだが、本当に幼少期にもどっているのかもしれない。
生まれ、生きて、老い、命尽きる過程は不思議なものだ。
人は皆、赤子で生まれ、赤子にかえるかのよう。
 
始終僕は祖母の手を握ったり、肩をさすったりしていた。
それは慰めではなく、「愛しい」という気持ちからだった。
まるでかわいい幼子を慈しむような、そんな愛しさからだった。
 
「あっかんべー」
舌を出し、歌を唄う祖母に笑わされ、ふと幸せな歳のとりかただなぁと思った。
食事をとらなくなって点滴に切り替えようと試みたが、「痛いよ〜痛いよ〜」と祖母は訴えたと言う。
周りの判断で、祖母を病院には入れないことを決めた。
 
枯葉が窓の外、ヒラヒラ舞って行く。
夏の緑だった葉が、色を変えヒラヒラ舞って行く。
人の命も色づくのだろうか。
そしていつかヒラヒラと舞い、土となり、また木々の栄養となり得るのか。
 
「命短し恋せよ乙女」
人生は儚い。
しかし、愛しく尊い。
 
「また来るね」と伝え、キョトンとする祖母に笑いかけた。
祖母がいて、母がいて、そして僕がいる。
命のリレーは続く。
あなたがいたから、今の僕はいるのです。