夏と言えば、かき氷やスイカ。

風物詩が多いのは夏の魅力の一つだ。

そんな中でも僕にとって忘れがたいもの、それは麦茶。

 

小学生の頃、下手くそながら少年野球に勤しんでいた。

球もろくに遠くへ投げられず、バッターボックスに立てば空振り三振の日々。

一番悲惨なのは守備につき、

普通であれば余裕でキャッチできる球をエラーすることだ。

 

フライで上がった白球が太陽の光の中に消え、

グローブを上げたまま顔に受けエラー。

ランナーは走り、自分の失敗のせいで一点、また一点と追加になっていく。

 

涙に濡れながら守る守備は悲しい。

皆が白球の行方を見守る中で、僕だけ違う世界にいるようで孤独になった。

 

「慎太郎、もっと練習しなきゃダメだ」

監督やコーチから激が飛ぶ。

楽しいから野球を始めたはずが、

いつの間にか自分の一番嫌いな時間になってしまった。

 

夏の暑い日、千本ノックのように白球が打ち上げられ追う。

その日も僕はエラーの連続で、心は完全に打ちのめされていた。

フラフラになりながらも埃舞うグラウンドに立った。

グローブの中の膨れた手がジンジン痛む。

遠くなる景色と、永遠に続くようなノックの時間に涙も枯れ果ててしまった。

 

「休憩にしようや!」

大きな声で監督が叫ぶ、一目散に走り戻る仲間たち。

帽子を脱ぎ、濡れた髪を袖で拭く。

一列になりプラスチックのコップを手渡され、荒い息を落ち着けた。

 

そう、そこには麦茶が待っていた。

喉の渇きが限界にきている時のキンキンに冷えた麦茶。

まるでサラリーマンの仕事後のビールのように、

皆「プハァ」と言いながら飲んでいる。

コップいっぱいいっぱい、表面張力で溢れそうな麦茶を顔から迎えに行く。

味わうこともせず勢いにまかせ喉に流し込んだ。

 

至福の時だった。

ずっとこの時間が続けばいいのにと思った。

野球から離れ、たわいない会話を皆でする。

 

空が青かった。

「よし、次はバッティング練習いくぞ~」

夢は束の間、また帽子をかぶり埃の中を歩く。

 

麦茶は僕にとって天国の証そのものだったのだ。

あれからと言うもの、麦茶に口をつけるたび苦い思いと共に柔らかな時間を思い出す。

 

子供の頃の記憶は一生ついて回るとするならば、

幾つになっても麦茶は、僕の少年時代へのタイムマシンなのかもしれない。