学校の図書室が好きだった。
部屋に入ると立ち込める本の乾いた匂い。
校庭から聞こえる喧騒を尻目に、
そこだけは学校から切り離された静かな異空間。
耳を澄ませば先人たちが本のすき間でヒソヒソ話をしているようで、
一人でいても決して寂しくはなかった。
赤茶けた本を指でなぞる。
心に引っかかるタイトルが目に飛び込むまで上段から下段まで見回した。
僕には秘密があった。
それは見えないもう一つの世界があると信じて疑わなかった想い。
人が生きる社会とは違う、本当の世界があると確信していた。
「なぜ人は生きてゆくのだろう」
自転車に乗りながら、信号待ちをしている瞬間思うことがあった。
ませた子供だと今なら笑えるけれど、そんなことを小学生の頃
たまに頭をよぎっては日常に消えていった。
そんな疑問を同じように抱く者がいることを、本を通し知った。
それは恋の話、冒険の話、幽霊の話、家族の話。
小説やエッセイで描かれる数々の物語が行き着く先は、
そんな"生きる意味"を問うていた。
この世のもう一つの真実に蓋をするように、誰もが日々を繰り返す。
誰もが面倒くさいからか、立ち入ってはいけないと思っているのか、
その真実を口にしない。
そう、僕はそのもう一つの世界を誰にも相談できず生きていた。
光は本の中にあった。
のちに歌の中にも見つけるのだが、
小学生の僕は当時作家が書く物語に透ける
"もう一つの世界"を見ていた。
先人たちと同じ星を僕らは見上げている。
悩んだことも意気揚々と胸を高鳴らせたことも、
思えば大差はないんじゃないだろうか。
言わば図書室は僕の宇宙だったのだ。
そう、未知なる世界の扉の暗号が本には記されていた。
未だに僕は街の図書館で同じような感覚に落ちる。
胸いっぱいに吸い込む乾いた匂いがまた、
僕をもう一つの世界へ誘うように。