71ページ。
「日本人はなかなか歌わない民族だ」と小田実は、昭和53年に言っている。
なんの意味もないことは、その後、カラオケが普及して、小田実のこの言葉になんの意味つけもつけられないヨタばなしだったと明らかになった。要するに、小田実は、どう屁理屈をつけても、日本人に疑いを持っていたのである。
小田はなにが言いたくて、「日本人はなかなか歌わない民族だ」と、言っているのかというと、北朝鮮の人々は、もともと歌が好きだから、とことん「革命歌劇」の歌を歌う、と朝鮮人をほめあげている。なんぼ、朝鮮人が小田実は好きなのか。
金日成万歳の歌は、「これはお国柄」で、小田実は、朝鮮のブランコの歌がすばらしいとはしゃぐ。
日本の帝国主義時代のありようを歌った、「鳳仙花」は、北朝鮮の人は知らないようだ、とがっかりしている。
いまでは、拉致犯罪の片棒をかついだ、と疑われている「よど号ハイジャック」犯人と小田実は会って、「よど号の青年たち」は、彼らは歌う時、ひたむきであり、まじめだ、と感心している。
※わたしには、よど号の犯人は、オウム真理教にも比すべき、共産主義狂信者にすぎないが、小田実は、なにやら親しげに、「彼らが日本革命を指導するために帰ってくるわけではないが、彼らの望郷は、いつか帰ってやるぞという望郷である」と奇怪なまでのものわかりの良さを示している。
102ページ
小田実は、北朝鮮は食糧危機に悩んでいて、国民は腹ペコで、栄養失調になっている、という日本の中央公論の「外信部記者」の発言は、プロパガンダだ、私は、ピョンヤンに行ってきたが、今にもぶったおれそうな人はいない、と書いている。
その外信部の記者Fが、「韓国は、朴正煕とKCIAだけで動いているような構造ではない。相当理性的判断で政策がたてられている」と言えば、それを小田実は、北朝鮮だって、同じ事が言えるのではないか、そう考える精神の「自由」がどうして持てないのか?とものすごい、執念で北朝鮮を弁護する。
そして、北朝鮮の良い面を認められないのは、「自由な精神が無い」からあで、だから、「自由社会」の人間と認められない、と突拍子もない事を言う。
123ページに、小田実の、北朝鮮礼賛の社会主義妄想は、クライマックスに達して、その日本政治思想史上に恥をさらす文章をおしげもなく、残している。
「北朝鮮」の社会主義の究極の目標が、「全人民のインテリ化にあることは、これまでに書いてきた通りだ。」と駄法螺を全開にして、小田実は、みずからの死後に、自分の政治思想のデタラメさ加減を証拠立てる文章を残している。
「今はどの社会主義国も(ソビエトも中国も、この点では同じだ。)、これほどはっきりした個人的な労動目標をかかげてはいない気がする。」
ほとんど病気ではないか、というほど、小田実が北朝鮮にほれこんでいたことがわかる。
この文章は昭和53年に書かれたのだが、なんと、小田実は、北朝鮮には、「朝鮮戦争の責任」がまるでないと思っていたらしい。
「北朝鮮の場合、まず、工業国でないどころか、農業国でさえなかった。そこへ持ってきて、朝鮮戦争が起こった」と、書いている。「起こった」と書いているが、朝鮮戦争は、北朝鮮が起こしたのである。小田実は、それを「起こった」と書いて、「それが北朝鮮にどれほどの被害をもたらしたか」と、まるで北朝鮮が被害者みたいいに書いている。
なんとまあ、驚くのは、小田実は、日本の南京大虐殺30万人には、非難を極めてののしっておきながら、北朝鮮が始めた朝鮮戦争の中国人、朝鮮人、アメリカ人、国際連合の参戦国の兵士の命が犠牲になったことはまったく、不問に付して、朝鮮戦争で空爆されて、北朝鮮の人々が、平等からはじまったから良かったなどと、気楽な事を言っている。
お寺も破壊されたから、宗教を奨励することのない社会になって、よかったよかった、と奇妙な事を小田は書いている。よほど、神道、神社がいやだったのだろう。
系図もない、法事もないから、韓国とちがって、さっぱりする、とものすごい入れ込みようだ。