朝鮮王朝前期、妓生(キーセン)から国王の寵愛を受け側室となり、鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)、張禧嬪(チャン・ヒビン)とともに朝鮮三大悪女の一人に数えられる張緑水(チャン・ノクス)
このドラマ1995年作品なのだが、1話を観たところ、1995年にほか、いまなら、お手本がたくさんあっての制作だが、この年はまだまだ参考にする作品がないわけで、それにしてはかなり立派につくられていますよ。
それから、日本のドラマでは、チャン・ヒビン、ナンジョン(女人天下)、チャン・ノクス、キム尚宮のような悪女を主人公ということは、まず無いのですが、韓国の場合、ホン・グギョンもそうですが、悪人を主人公として描くことが非常に多いということがだんだんわかってきました。
そして、なかなか見事なのは、どんなに悪女で、実際にひどいことおをした記録があっても、かならず、おいたちを描く場合は、非常に同情的です。日本人がこれらのドラマを観るときは、たいていは、どういう人物か、よくわからないまま観るのですが、韓国のひとたちは、おいたちの悲惨さも含めた、悪人としてトータルな痛ましさを感じながら観ているのかもしれません。
私自身、「王と私」のチャン・ノクスを知っているので、ノクスの子供時代をみて、なんだか痛ましいなあ、と思ってきました。
ハン・ヒョジュのトンイを観て、「占い師がトンイの将来を予言するのいやだ」という感想を書いているブログを見かけたのですが、韓国の時代劇のたぶん半分以上は、主人公の将来を予言する場面があるんですよね。これは、日本の「西遊記」が三蔵法師をかならず女にする「お約束」のフィクションで、これを反発したら日本の「西遊記」そこで見られないように、「占い師」の登場にカチンとくると、韓国の時代劇の半分はそこで終わりですよね。「女人天下」「王の女」「チャングムの最初」他にもたくさんありそうな・・
ところで、このチャン・ノクスは、占い師ではなくて、産婆さんが、そのつもりもなくて、ノクスの将来をあててしまう言葉を発します。
「この子は将来出世するわよ。
きっと頭がいい子よ。(こんなに難産でうまれたがらないのは)
生まれたって卑しい身分で苦労するから、生まれる前に悩んでいるからだ、」というのです。
なんと、作品では、「王と私」でぞっとする悪役だったイ・ジャウォンの子ども時代からが、もうひとつの物語として描かれる。逆スピン・オフか。(爆)
「王と私」では気がつかなかったが、キム・ジャウォンは漢字では、「子猿」だという。
チャン・ノクスが水汲みをする場面は思わず涙が出るほどいたましい
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