稽古後、飲み会…と、ここで「先輩は酒を飲まない」衝撃の事実を知りました。

「寮生の頃も、飲んでないんですか?」

「あの時は飲むしかなかったけど、酒は美味いと思ったことないわ。」

そんなわけで、先輩に運転していただき出発。途中で新宿文化センターで指導していた岡見さんとその兄さんを迎えに行き、お食事会となりました。

しかし、二人とも立派な一軒家と家族。先輩もあの大きな道場とは別に立派な自宅

「そりゃ、こんな田舎やもん」

最終的にはこのぐらいの田舎で、放浪しながら生活するのが理想です。
その為に働いているだけ…という恐ろしい現実があります。

新宿文化といえば、未だに独身貴族が多いのですが、岡見さんはお子さんもいます。
貴族の皆様も早く結婚してください。そうしなければ見えないものがある・・・
らしいです。

ラーメン屋と思いきや、意外なメニューに日本酒まである店、ほぼ居酒屋でした。

何だか忘れたのですが、最初の品。
どちらも美味い。

先輩とは2回試合してますが、話すのは全日本で挨拶するのみ。
自分ごときにも凄い気さくにお話ししてくださるので、挨拶がまったく苦にならない先輩でした。

岡見さんは寮生の頃指導に行っていた、歌舞伎町の読売新宿文化センターの道場生でした。
レスリングルールで勝った時
「本当にインターハイ出たんですか?」
岡見さんに言われて、そんなエピソードを思い出しました。

あの頃は、文化の人はかなり大人なイメージでしたけど、考えてみれば20後半~30代、皆若かった(笑)。

ラーメン屋で刺身…もちろん初めてです。
東京の少しお高い店よりグレードの高い魚、さすが「小浜湾すぐそこ」だけあります。

福井県の地酒、梵と一本義をいただきましたが、刺身には一本義が合ってます。
梵はフルーティです。

石田先輩の試合で一番強烈なインパクトを受けたのは、やはり93北斗旗無差別の準決勝、最強の刺客日本拳法の辻井選手との試合。
満身創痍でローを蹴りまくる姿には、団体の看板を賭けた強い意志を感じました。

この後、決勝で市原先輩と試合するという、ムチャで凄まじ過ぎる展開でしたが、

「パンチ弱くなってたなぁ、減量のせいやろ」

傍目には到底分からなかったのですが、本当に増量して危険な時に比べると、こんな印象だったと聞き、意外な感じがしました。
当事者じゃないと分からないことがあります。

見合ってばかりの後輩に、「もっと殴り合おうや」と言った時に

「やりたいんですけど、効果が怖いです。」

当時は無かった効果ポイントの導入は、少なからず影響してるようでしたが、これもやってみないと分からない。

ギョウザがかなり美味かったです。
王将を越えたと言ったら、「それは当たり前」みたいな岡見さん。これだけの魚あってギョウザに酒。愛想も良い、完全なる三ツ星です。


道場の入り口で犬、そして家にはネコ三匹なのに驚いたのですが

「動物園や」

大変じゃないですか?

「大変やで」

ネコが爪研ぎをしてたのを見て、クロス大丈夫なんですか?、と聞いたら

「決まった所でしかやらんから」

そして、

「家なんて50年もすれば潰すんやから、どうでもいい(笑)。」

道着の時と同じなんですが、この「どうでもいい」は、ネガティブな意味でなく

起こったままを受け入れる

そんなことじゃないかと思います。

ネコは保健所から連れてきて、子どもが連れてきて…

「しょうがないやろ」

短時間でしたが、こちらで恐ろしく人の温かさを感じました。

稽古終わり

「洗濯してシャワー浴びたらええ」

「いや大丈夫ですよ、どっかでやりますから」

遠慮する自分に

「そんなもん気にすることない、それが田舎や」

布団まで既に用意してくださってました。

寮生出身というと、破天荒なイメージがあるのですが、先輩は動物にしろ読書にしろ違う感覚を受けました。酒飲まないし…

回りくどい、鬱陶しいこと一切なしの真っ直ぐな戦い方も先輩の人柄を現してたのかな…そんな風にも思います。

兄さんは新日本プロレスとUインターの全面激突をドームに見に行ったほどの人でした。
あの熱気って凄かったですね。

稽古はほぼ行ってないそうですが、あのドームを思い出してたまにはやりましょう(笑)。

終わってから後悔したのですが、お話したかったこと、熊パンチの誕生、当時の稽古や寮の様子とかまったく話せず終わってしまいました。

平日なのに0時過ぎまでもお付き合いいただきありがとうございました。

ご馳走様でした。