人が死んで最初に赴くのが幽界の冥府と言われる世界である事は何度と無く述べて来ました。

其処が瓦礫の原と呼ばれる殺風景な石ころだらけの寂しい荒野である事も諄(くど)い程お伝えしたかと思っています。

瓦礫の原で目覚めてからは、黄昏に近い明かりの荒野に意味不明な侭でもポツンと一人居る事に皆さん怖気付く様で、何も解せぬ侭に周りを遠くに近くに何処かに向かって等しく歩き流れる人群の中に軈て混じり歩み出す様です。

一昼夜と言いますから、かなりの距離を瓦礫の中を歩き続ける事に成りますから、昔の人達はどうやら冥府の存在を熟知していた様に思えます。

其れで旅支度の死装束だったのでしょう。

弘法大師の時代には、かなり忘れられた記憶なのかも知れません。

大師が尸解遷(しげせん)で姿を消された事を三次元世界の旅に出たみたいに解されていますから…。


僕の妻の会社の同僚が偶々出た葬儀の場で起きた憑霊現象の最中に、亡くなった方の祖父の霊が霊能体質に優れていた姪御さんの体を使って霊界通信をされたのですが、其の中で「履物だけはしっかり履かせてくれよ。こっちは歩くのは痛くて大変だからなぁ」と言う事を言ったそうです。

偶々、僕の描いた『紫の雲の上から』を読んでいた其の同僚が妻に「旦那さんの描いた漫画に有った通りだったけど、本当の霊界の事を描いていたのか!」と驚き以て伝えてくれたと言います。

僕は漫画の中で《履物はなるべく厚手の草履にして"後掛け"をしっかり締めて置かないと、火葬場に運ぶ途中とかに万一草履が脱げ落ちたりしたら、冥府へは裸足か片方だけ履いて行く事に成る》と言う事を告げていたのです。

『紫の雲の上から』と言う小品は中化神龍師にお命じを受けて認(したた)めた二本目の作品でした…「霊界に於ける事象は偽りを描いては成らん。其れは罪に成る」との厳命を受けておりましたので、事実しか画いてませんでした。


体に密着していない物は、幾ら柩に同棺しようとも冥府には持ち込めないのです。

持ち込むのは其の物の幽体ですから、心(幽体)から離れた幽体は冥府には留まれないと言う事なのか、歩いている最中に、足の傷を確かめ様と草履或いは草鞋を脱いで仕舞うと足から外れた草履は手に持っていないと体から離れた途端に消えて仕舞うそうです。

草履だけでは無く、杖だって手から離せば失せて仕舞います。

中化神龍師の言うには、瓦礫で足が切れれば痛いのは現界以上に凄まじいと言います。肉体では無く幽体其のものの痛みと言うのは肉体と言うオブラートの様な覆いが無いだけ、霊体が感じる痛みは強烈だと言う訳です。

傷付けば痛くて血も吹き出るのです。現界と感覚的には変わり無いと言う事に成るから、実は死んだと言う自覚がとてもじゃ無いですが持ち得ないと言う事に成るのです。


「柩に入れた靴や羽織っただけの綺麗な洋服なんかは火葬場で焼けて肉体には付いて来てはくれんから、裸同然の者も何人でもおります。まるでちんどん屋みたいな格好の者も…知らん事と言い乍ら、哀れな格好で裸足で皆苦労し乍ら歩いているのが、現実の姿やねぇ」と語られていました。

軈て、三途の川で蛇に恐怖した体験を皆さん持っているので、意味も無く蛇を恐れるのは前世、前々世…で死ぬ度に蛇の川を渡った記憶が八識に残っているからなのですね。


稲津先生が嘗て中化神龍師と閻魔の庁に至る其の辺りの様子の話を成された記録が残っています。

中化神龍師は仰有って居られました…

「恐怖と不安と震えが混在する精神状態の侭、ふらふらに成って、やっとの思いで三途の川を渡り、再び歩き始めると、何時の間にか現れて来た異様な面をした獄卒が天秤棒の様な金棒を持って出て来て、更に歩く事を急かせる訳だな。

そして怖がる亡者の左乳下に、六〜七センチ位の鑑札をヒョイと付けて来る。まぁ囚人番号みたいなものと考えてくれたら結構です。

こんな現場を繰り広げ乍ら、軈て冥府の閻魔の庁へと追い遣られる訳だな」

「獄卒と言うのは…鬼ですか」

「鬼が獄卒だ…鬼の様な顔をしてな…あぁ…赤鬼から青鬼、黒鬼もいますね…真っ黒じゃあ無いが、矢張り鬼の様な顔をしてるなぁ…角を生やしてな…」と教えて下さりました。


後程、稲津先生御自身で、何度か三途の川の情景を見せて戴いた折に、直に獄卒にお逢いしていますが、大体に於いて稲津先生が御覧に成った時は一門に縁が有る方が死んだ時が多かった為か、現れた獄卒は何時も同じ方達三人一組だった様です。

冒頭のイラストは其の御三方の似顔絵です。

御覧に成れば判りますが、三人の内に角が有るのは御一人だった様です。獄卒が総て角が有る訳では無いと言う事ですね。一番後ろの獄卒が最も背が高い獄卒で一番前の恰幅の良い獄卒が三人のリーダー格の様だったそうで、脇に鑑札を入れた木箱の様な物を抱えていて、其処から鑑札を出しては無造作に亡者の左乳下へ付けていたと言います。

不思議な事に木製に見える鑑札はヒョイと付けられると裸の胸であれ、死装束の胸であれ、くっついたら二度と落ち無いと言う代物だったと言います。


実は三途の川で蛇の大群の中に足を踝の辺り迄浸けた途端に着ている装束の色がシャアッと変わるそうで、見た所殆どの人がドス赤茶とか黒ずんだ煤色とか茶褐色に変化したみたいで、皆汚い色目ばっかりだった様です。

この時点で既に幽界の行先は決定している様です。

だから実際には閻魔様が罪を裁くと言う事も無いのですね。


何れにせよ。霊界の存在を頭から否定して憚らない科学的至上主義思考で唯物論思考の諸氏ばかりで無く、霊界を安易な理想形態で凝り固まって仕舞っている気楽な霊界信奉者も、死んで直ぐに出遭わねば成らない現実とのギャップにどう立ち向かって行くのでしょうか。

蛇の川の存在と言い、待ち受ける獄卒達との邂逅と言い、余りにも死の直後は惨い事が目白押しですから…。

中化神龍師が常に、《生きている間に真実の霊界を知ろうとする事が如何に大事か》と言われておりましたが…死んで行けば解るでは、霊界の真実に動揺し翻弄されるばかりで心のゆとりの生じる空きも無く、死んでからでは既に遅いと言う事を良く良く知って欲しいものです。