母の誕生日はなんの因果かアメリカ独立記念日なのだ⁉️
その前日にやっとたどり着きました。ここにくればわかるかもと思いながらも今さらとも思う気持ちもありでした。高齢者と呼ばれる歳になり、祖母も母の父もあの世に去り、母の母
をヘルパーする日々。自分にも何かあっても不思議はないのである。敗戦80年の今だ‼️と思い立ち行って来ました。神戸元町にある「戦没した船と海員の資料館」
結果はわかりました‼️です。祖父の最後。意外なものでした。残った軍事通信は残っただけあって南海派遣を祖父は生き延びたのでした。死ぬかもという覚悟を感じる内容でしたが
この時は帰還できたんだ‼️そして最後になったのは昭和20年の中国への補給を運搬する船
だったようです。この頃は沖縄戦も終盤。日本のまわりはアメリカの軍艦やら潜水艦やらが
うじゃうじゃいたはず。山東半島と朝鮮半島の間の黄海。第二福井丸。潜水艦からの魚雷攻撃で乗組員37名と共に沈没。地図のボールペンの先。とても深い海だそうです。命日は6月12日。あとで戸籍でも確認しました。あと2ヶ月で戦争は終わったのに。残念というか虚しい。船員さんであっても兵隊さんであっても生き延びるのが難しかった時代なので、これが祖父の運命。今さらでも最後がわかってよかった。資料館の方々はアメリカに残る公文書も調べられたようです。多分そのおかげでか、位置まで特定できました。
戦争は始めるのは簡単でも終わることは難しい。
6万人以上の船員さんと7200隻以上を失ったことを目の当たりにすると重い言葉でした。
