大正時代より花街として栄えていた八幡園は、1943年(昭和18年)頃からは遊廓に形を変え、残っていたものの、1945年(昭和20年)、名古屋空襲により全焼。
戦後の八幡園は赤線に転向したが衰退して行った。
立派な妓楼建築。

自販機で埋まっているが、そこは昔タバコを窓から販売していたのだろうか。円柱と、飾窓が想像させる。

その円柱、臙脂と灰の豆タイル。

一力という屋号の家屋。植えてある植物はどれも個性を感じる。

横顔の鏝絵なのか、現在は、営業はされていないようだ。個性的なカフェー調の家屋。

この駐車場も以前妓楼があったと思われる。

丸窓がある元妓楼の家屋だろうか。愛知の妓楼は弁柄の家屋が多く残っている印象を受ける。