ここ一年ほど配信を中心にインターネットでの発信をしてきたんだけど、ちょっと形を変えたいな〜と思って超久々にブログ書きます!
改めて、私久保木寛人は都内で活動中の歌手兼作詞、作曲家。最近はギターサポートのお仕事なども増えてきたのでギタリストとも勝手に名乗ってます笑
2015年の春に上京して、東京で生活を始めて早3年。
田舎にいた頃は東京なんて人混みばかりで嫌な街なんだろうなー、なんて勝手に思い込んでたんだけど、実際はすごく落ち着いた風景の場所もあるし、素敵なお店もたくさんあるし、今や第二の故郷と思えるくらい愛着が湧いてます。
だけど、俺はやっぱり出身地である福島県郡山市が大好き。
そんな風に思えるようになったのも、2011年にあの震災を経験したからです。
ライブなどで初対面の方とお話しするときに、福島県出身であることを話すと結構高い確率で「震災は大丈夫だったの?」って聞かれることが多いのですが、俺の出身地の郡山市はそれほど大きな被害はなかったんです。
だけど、空気感みたいなものはあの日を境にガラッと変わって、約2週間近くはコンビニやスーパーの棚は商品の入荷ができずスカスカ、テレビは常に震災の報道番組、学校はどこもそのまま春休みに突入、当時中学2年生だった俺はバレーボールをめちゃ頑張ってたんだけど1ヶ月間部活も停止。
そして、原発事故によって県内全域に渡って住民が皆被曝するかもしれないという恐怖感。
そんな非日常をあの頃味わってました。
で、不謹慎かもしれないけどそんな混乱の中俺がやってたことは、ただただ部屋に篭って音楽を聴いたり、営業再開した中古屋にCD漁りに行ったり、当時狂おしいほど好きだった尾崎さんやブルーハーツの曲をひたすら弾き語ったり。
要は今とほぼ変わらなかった久保木少年。笑
(1週間ほど友達と避難所のボランティアなんかもしたけど、そこは割愛します。)
だけど、3月も終わろうとしていた雲ひとつないくらい良い天気になった日。暖かくて、思い立ってチャリで遠出がしたくなって市街地とは正反対の方向へ1人でママチャリを飛ばしました。
そして、だいぶ遠くへ来たなーってところで見たのが、正午前の青空の下の一面の田園風景。民家がぽつんぽつんとあって、遠くには車道を走るほんの数台の車が見えるだけ。
そんな風景の中にぽつんと1人でいた時に「あ〜、俺幸せだわ〜。」って気分になれた。笑
それから、郡山って場所が好きだなーって思うようになって、辛いことがあった時や一人で考え事をしたい時には1人でボロいママチャリをかっ飛ばすのが習慣になりました。
高校3年の時好きだった子にフラれて、お隣の須賀川の釈迦堂川まで夜の国道を突っ走ったり。
進路のことで悩んで、お隣の本宮までバイパス沿いを走ったり。
とにかく、郡山の風景が最高の俺の癒しでした。
平日の昼下がり、学校を仮病で早退した時ののどかな帰り道。
部活でクタクタの状態で、でも欲しいCDがあって、夜遅いのにちょっと遠回りして寄り道したCDショップ。
そんな郡山市が好きです。全部お前の主観じゃねえかって言われそうな理由ですが、郡山はいつでも俺にとっての港なんです。笑
みんなきっとどこか生まれ育った故郷や、思い出の場所があると思うんだけど、病むほど辛い時とかもうダメだってくらい疲れた時とか、ふっとそんな場所の風景を思い出したり、思い切って全部投げ出してそこに帰ってみるのもいいんじゃないでしょうか。
そんな、取り留めもない記事でした。お盆はちゃんと帰省しようね、みんな。笑