眠れぬ夜を越えて。 | クボシュー from OurSide の「オレの飯は、まだか!?」

眠れぬ夜を越えて。


クボシュー→ from ゴリラッパコロンボ の、「オレの飯は、まだか!?」-大阪で生まれた景色



なぜか、眠られへんので、日記を書こうと思います。


久保田小事です。





写真は、何の関係もねえ大阪のビルたちです。。。





当時のマンションから撮りました。。。





よくよく考えたら、大阪で一番、都会的な場所(梅田の横)に住んでたもので、


ビルばっかで、まさに、コンクリートジャングルの中、生活を営(いとな)んどりました。


今は、わりと、閑静なトコ(好きです、すぎなみ)に住んどるんですが、


何かしらのパワーを失った気がするんです。


家の前には、阪神高速が走り、昼夜問わず、


常に、騒音で、ヤバいくらいの状況やったんですが、


そのおかげなのか、常に、別の人たちの「がんばり」を感じ、


今の自分と向き合えてた気がするんです。


高速道路は、一日中、どんな日でも、働く誰かが走ってますから。


しかも、周りでも、いつも、人の声で、うるせえ感じが、逆に、よかったんすよね。


今以上、感情を奮い立たされ、くやしくて流す涙にすら、パワーがあふれてて。


「がんばんなきゃ」って焦らされるんですが、それが、とても自然やったんです。


もちろん、今でも、すっげえ向き合ってます。


でも、あの頃より、ハングリーさが足りてへん気がして。


何度も同じようなこと、書いてる気がするんすけど、


何度でも感じさせられて。


「がんばんなきゃ」って焦らされるんですが、何か、せつねえ感じで。


いつも、人と会って、からんではいるのに、


それなのに、人と、つながってへんのちゃうかなって、不安にを感じてしまって。


もちろん、「気の持ちよう」やとは思うんですが、


特に、閑静な場所に住ませてもろてるんで、静けさの中に、せつなさを感じすぎてしまって。




もちろん、普通は、逆なんでしょうけどね。


田舎と呼ばれる地域から上京しはった方とかは、


雑音や騒音、人の量で、落ち着かへんと、よく聴きます。


慣れるのに、時間かかったとも聴きました。


オレの話で言えば、


実家は、ナゴヤ近郊の閑静な街やったんで、うるさいわけないでしたが、


大阪に住んでから、初めて、うるせえ場所を自分の居場所としたわけです。


初めは、酔っ払い大学生が、マンションの前を通るたび、


「おまえら、ホンマうるさすぎやぞ!!」って感じでしたが、


いつの間にか、そんな、うるせえ声が、心地よく感じるようになってったんです。


そして、しばらくして、梅田の横(南森町)へ引越し、


今度は、なかなか家に帰られへん生活やったもので、


帰れた日は、雑音も騒音も気にも留まらず、ドロのように眠ってましたから、


しばらくは、その予想を超える事件的な騒音にすら気付きませんでした。


まあ、その後、体を崩し、ついに、騒音との戦いが始まったんすけどね。


どんだけ眠たくても、ガンガン起こされますし、


おかげで、心も体も、治療が必要なのに、全然、落ち着いて治されへんし、


当時の相方さんには、「うるさすぎて、寝られへんわ!?」とか、キレられるし、


それで、また、ケンカになって、仲直りして、また、愛を深め合ったつもりになって。。。


しかし、体調(胃、十二指腸、免疫系等)はどんどん悪化してって。。。


でも、その戦いも「長くは続かず」やったんす。


走るトラックたちに、「おまえもがんばれ」って言われてるような気がして。


完全に、錯覚で、カンチガイやったってことは分かってます。


でも、当時のオレには、「まだ、夢つかめてへんやんけ」って問うてるように聴こえたんす。


だから、がんばれた。


自分で言うと、説得力ないですけど、公務員試験は全部落ちましたが、


社会人ミュージシャンできそうな安定した会社に、就活、初めて1ヶ月で決まって。


別に、何の自慢にもなりませんが、そのとき、内定をもらった会社の数が、


大手金融や、中小企業、大手広告、出版会社も含めて、11個も、もらえました。。。


すんません。。。自慢にもなってませんよね。。。


でも、歌で伝えることを核に置きたくて、


一番、拘束時間の短い会社を選んだんです。


しかも、その会社が、いろんな状況の方々と、直に話せる会社やったんす。


仕事しながらも、伝えるための、歌詞にするための素材をいただけると思って。


実際、そうでした。


そして、できた歌の1つが、「Over the Ground」でした。


ホンマいろんなもん、いただけた会社でした。


愛すべき方々ばっかでしたし、みなさん、よくしてくれはって。


メッサできへん子やったのに、いつでも向き合ってくれて。


「ウザい」「キモい」とかは言われてましたが、それは、オレにとって、ほめ言葉やったんで、


完全、「もっと言うてくれ」的な空気を作っとりました。




そして、上京しました。




あの頃の気持ち

まだ覚えてる。 なら、

まだまだ生けますよね




あの頃の気持ちさえ忘れへんかったら、


まだまだ、走れますよね。


ガンガンやったろ。


ホンマぜってえ、やったんねん。


でもって、自信持って、「最高の伝え手、歌い手になった」って胸はって言うたんねん。


じゃなきゃ、大手を振って、帰られへんから。


ぜってえ、あきらめません。


ホンマ、このままじゃ終わられへん言うねん。


死んでも死にきれへんちゅうねん。


夢つかむために生まれてきたから。


夢つかむために、オカンが産んでくれたんやから。


夢つかむために、オトウが汗水流して育ててくれてんから。


この東京の片隅から、恩返しします。




今日のしゅ~じっく


チャゲ&飛鳥


がんばり時。


それは、今。


陽が昇れば、また、今日がはじまります。


少し、眠って、また、歌いまくって、


今日は、ライブハウス回りにも行かなくちゃ。


いい加減、レギュラーで出してもらいたいっすから。。。


最近、ライブできてへんすから。。。


いい加減、やりたいっす。


ちなみに、弾き語りで1つ企画考えてますんで、


また、告知させたってくださいね。