今朝の朝刊の中のことば。


『記憶の壺』


それ!それ!あぁ~わかる!!


そして、納得!!




産まれたときから、人はそれぞれに


「甘えの壺」、「満足の壺」、「悲しみの壺」・・・etc を備えてきているのだと、


昔から母が言っていた。


だから、「その時は、どんなにこの上なく悲しく感じてもね、人よりも早めに経験したとしてもね、


背負っている壺の容量を超えるほどの悲しみはやってこないから~」って。




私が独身のころ。


一から、手ほどきをしてもらった師匠のような先生が京都にいる。


親以上に親のような存在の先生。


プライベートの諸々も間近で見てくれていた、先生。


もう限界かも・・・って私がなったとき、


見るに見かねて、


「ぎゅう」って、何も言わずにしてくれた。


そして、「一人で頑張らなくていいから・・・。まわりに甘えること、もっとしてよ!」って。


いい大人でもね、それまで全身に張り詰めていた無駄な抵抗が


スーッと溶けていくような・・・、楽になった記憶が。




その先生がいつも言っていたこと。


「甘えたい時期に思いっきり甘えさせてもらえた子どもは、


(満足の壺を満たしてもらえた子は)、


ちゃんと自分から自立していくんやから・・・。」と。


「溢れんばかりの愛情をもらえた子は、必ず自分以外の他人にも溢れんばかりの愛情を流せるんやから・・・」と。




記事を読んで、今、私にできることを、
今まで大事にしてきたことを、やっぱり私は大事にしていこうって!!


上辺だけのメッキはすぐにはげちゃうしね。
安っぽいしね。