第七章 没後 p234~
まず、西田の思想が理解されるシチュエーションになってきたということについてですが、これにはさまざまな兆候があります。ヨーロッパの思想の長い歴史を屋台骨のように貫いてきた基本の考え方がヨーロッパ自身のなかで見直されつつあります。その妥当性が疑われつつあるという事実があります。存在論的にいえば実体という考え方、論理的にいえば同一律、経験の枠組みとしての主観、客観、人間の精神や意識の側でいえば理性と感情の峻別、そうゆうさまざまな基本になっていたところがヨーロッパの思想史そのもののなかで問題化してきています。これは大きくいえばニーチェ以来のニヒリズムという言葉で特徴づけることができるかもしれません。現在はさまざまな言い方で言われています。最も新しい言い方では「脱構築」、これは世界に広がった言葉です。もう少し前ならハイデッガーの哲学で徹底して考えられたような「存在」と「無」のかかわりの問題。存在というときにどうしても「無」を考え合わせなければならないとゆうことが、ハイデッガーの場合とくにはっきり取り出されました。しかし、そのもとになるところで言えば、結局ニーチェが言い始めたニヒリズムということだと思います。
ところが、西田の場合は、実体に対しては場所という考え方、同一律(AはAであり、非AであるBはBであるという考え方。白黒を明確にし、矛盾を排除する力をもつ)に対しては矛盾的自己同一(Aと非Aとの根底に両者の同一を見る考え方、矛盾を積極的に生かそうとする力をもつ)という考え方、主観、客観に対しては主もなく客もなしというところをふまえて主・客の枠を仮設して考えていく、理性と感性ということならば、その峻別ではなく感性のなかに働く理性、そういうことになります。このような西田の考えのいちばんの基礎になっているところを取り出すならば。西田自身の言葉で「絶対の無」と一挙に言うことができるでしょう。
それに対して、ヨーロッパの思想は「無へ」という方向をとってきました。ニーチェのニヒリズムが明らかにそうです。「何のために」という問いに対する究極の答えが失われてしまったということです。何のためにという問いを究めていくと、究極の意義、究極の目的は、ヨーロッパの思想では長いあいだ神という言葉で示されていたことでした。その神が虚脱し空虚にらるということは、神がいなくなったというだけではなく、神によって統一されていた全ての関連がバラバラになってしまったということです。ハイデッガーの場合も「脱構築」の場合でも、「無へ」という方向です。しかし西田の場合は、逆に「無から」です。そこが非常に違います。違うけれども、「無」をめぐって背中合わせのように通じ合うシチュエーションが出てきたわけです。そして、「無へ」という方向だと最終的には否定的、消極的になってしまいますから、なにかそれが新しく存在するものとするためには「無から」ということでなければならないことに気づき始めたと言えるでしょう。―「無から」という言い方は、たとえばキリスト教の世界創造のときに使われます。「無からの創造」ということで初めてもののほんとうの意義が感じられたわけです、「無から」ということが言えなければ、ほんとうの創造的な積極的な世界は開かれません。そこでヨーロッパは、「無へ」において「無から」ということを東洋の思想から読み取ろうとし始めた、そう言えると思います。
全てを根本的に問いに化する「無へ」という問いが、その答えを「無から」に見出す可能性が出てきました。このことはまた、逆に「無から」が「無へ」という問いによって初めて世界のうちで活性化し得るということでもあります。これが西田の思想が理解されるシチュエーションになってきたということです。
さあ、皆さんはどう考えますか。