p158~ 〇宇宙的宗教の確立のために
p162~ガンジーは、ヨーロッパ文化を観察し、こう総括しています。
『キリスト、結構。だがキリスト教徒のふるまいを見るとキリスト教はだめだ』と。
p164~私は続けた。「以前、哲学と科学の融合について話しておられましたね」「そうだ」とアインシュタインはうなずいた。「科学に基礎を置かない哲学は無意味だ。科学が発見し、哲学がそれを理解する」
ジェームス師の不屈の熱情が、ふたたび吹き出しそうだったので、私はあわてて言った。「アインシュタイン先生はショーペンハウエルの『人は望み通りのことができるが、何を望むかは意のままにならない』という言葉が最も深遠な言葉の一つだ、といっしゃていました。それなら決定論を信じるということです。これは、ドイツが自らの罪に責任を負えないということを意味するのですか?そして、あなたが帰依するスピノザは、『空に投げられた石は、それを投げた手のことを忘れるならば、自分が自由だと思うだろう』と言っていました」
アインシュタインは、答えた。「われわれは、普段気づかな内なる力によって動かされている。だから、自由意志について云々するのをためらうんだ」「政治的プロパガンダに影響されやすく、一般市民の潜在意識下の願望によって培養された国家意識というものがあるようですね。ヒットラーが悟ったように、『われわれはドイツ人は血で考える』のです」と私は言った。「そのとおり」とアインシュタインが言った。「ドイツ人は自由意志を持っていなかった。教育や環境や軍隊的思考に支配されていたからだ。しかし戦争に負けたとたん、その伝統はおそらく滅び、新たに自由意志が育ち始めたんだ。で、彼らはそれをどう使ったのかというと、ヒットラーを選んだのだ。そろそろユダヤ人に三つの借りがあることを学ぶときだ。すなわち、道徳律、ギリシャ論理学、それに彼ら自身の言語の洗練だ。聖書がなかったらルターもなかっただろう。ドイツ人は本当の宗教感覚を育てたことがないのではないか、と思うよ。彼らは強大な権力者を生んだが、道義的責任をそだてなかった」
「宗教感覚とは、何をいわんとしているのです?」と私はたずねた。
「ドイツ人には『自分自身を愛するように隣人を愛せ」というのが甘すぎると思われたのか、それともモーゼが言ったのが気にくわなかったのだろう」。彼は重々しくつけ加えて言った。「ドイツ人にはイライラさせられるよ。正義の基本というものがわかっていない。伝統宗教もそうだ。その長い歴史は、『なんじ殺すなかれ』という戒律の意味を理解していなかったことを証明している。この世界を想像もできないような破滅から救おうと思うなら、はるかな神ではなく、一人ひとりの心に注意を向ける必要があるんだ。われわれは今、核兵器による第三次世界大戦の瀬戸際という国際的無秩序のまっただ中いる。一人ひとりに良心を意識させなければならない。そうすれば、次の戦争では、ほんのわずかな者しか生き残れないことを良心によって悟り、宇宙的人間となることだろう」彼は牧師に向かってほほえんだ。
「それが神の御心にかなうことだと思うよ」。
この文章は決して過去の話ではなく、現在もその脅威は去っては居ないのです。
しかも、今、無意識に生活する中で、新しい脅威を人類は造り出しているのです・・・!!
それが何であるのか、皆さんも考えてください。