雨の出雲を後にしながら
松江道を通って、広島へ向かう
。気温も低く、車の中もかなり寒い

3泊4日の出雲の旅。
その中で、娘のバイト先のビストロのマスターやママ、
娘の大学の同級生たち、
温泉であった地元のおばちゃん
お土産屋のお店の人など
出雲の人たちと色んな話をする中で
言葉の端々から、皆、
「自分たちが山陰で暮らしている
」という意識がすごく強いんだなぁと感じたんだよね
。「山陰だから・・・山陽は・・・・」って
誰もが、そのことを口にし
けっして、山陰と山陽をひとくくりにはしていない
。広島で暮らしていると
「山陽」で暮らしている、という意識はあまりないんだよね
。島根も広島も、同じ中国5県じゃん!って感じだと思っていたのだが
。だが、娘の同級生など
「山陽があんなに日が当たって温暖でいられるのも
おれら山陰のおかげだとおもってくれ」というらしい
松江道から、中国道へ入ったとたん
一気に晴れになり、気温が4度くらいあがって
すごく暖かくなってきた
改めて、山陰の人の言葉を思い出していると
ふと
「お陰さま」という言葉を思い出した。
山陽の暖かなお日様も、山陰のおかげさま

陰があるから、陽がある。
しんどいことあっても、それがあるから
幸せがある。。。。。
普段、陰陽の考えを大切に思っていたはずだが
改めて
この「お陰さま」って言葉の意味を考えたら
きっと幸せなときに、使うものではなく
ツラいときにこそ
「このツラさがあるから、幸せも感じることができるはず~
。このツラさも、お陰さま、お陰さま

」と使う言葉なのかもしれないと思った
あくまで、持論なので
正しいかどうかわからないが
今度から、私はそう使ってみよう

そうすれば、きっとしんどいことも
ありがたく思えて、
自然と感謝の心が、いっぱい持てるかも

日本語って、素晴らしい~

そんなことを考えるだけで
何だか幸せになる私

う~ん、こんな大人な私

出雲大社のおかげかしら










