カウンセリング実況生中継!!
Amebaでブログを始めよう!

人は人の無意識に応えようとする





保育園のママ友との関係で悩んでいます。



ほう、どのようなことですか。


はい、Aさんとは、保育園の送り迎えで何度か顔を合わせるうちに親しくなって、お互いのうちにも行き来するようになりました。で、そのころ、ちょうど子どもや主人のことで悩んでいたこともあって、そんな悩みなどの話をするようになりました。

ところが、そのうちAさんは、次に会うと「ご主人とのことどうなった?」などと訊くようになりました。

訊かれると誤魔化したりするのはいやなんで、ほんとうのことをしゃべると「だったら、~すればいいのよ」などと指示的な言葉が多くなってきたんです。

Aさんの言うことぐらい、私にでも思いつくことなのですが、それができない事情があるから、悩んでいるので、その事情を話すと「それは~だからよ。だったら、~すればいいのに」などと言うのです。



Aさんに対して「人事だからといって、軽々しく考えている」と感じるようになったのでしょうか。


はい、そうです。なんだか、おもしろがっているようにも感じてきて、だんだん話をするのが疎ましく感じられるようになりました。



ほんとうは、Aさんにどうしてほしかったですか。


ただ、黙って話を聞いてほしかったですね。

私は何もAさんのアドバイスを求めているわけではないんです。よけいなことを言わないでほしいんです。



あはは・・・よくわかります。悩んでいる本人はいろいろ解決策を考えた末で、解決法が見つからなくて悩んでいるのでしょうから、他人からとやかく言われると軽々しく扱われたように感じてしまうでしょうね。


はい、そのとおりです。また、Aさんが「どうなった?」と訊いてきたら、どうしようかと思うと憂鬱でなりません。



Aさんには「あ、あのことね。もう、ぜんぜん大丈夫。解決したから」などと言うのはいかがでしょうか


これまで嘘を言うのがいやだったんで、ほんとうのことを言ってきましたが、それもいいかもしれませんね。



あはは・・・私なら、嘘も誤魔化しも、ハッタリでもなんでも使いますよ(笑)


え?先生がそのようなことをなさるのですか。



もちろん。私は言う内容が「いい、悪い」の判断はしません。あることを言うことによって、何が起こるかにしか関心がないんです。


何が起こるかと言いますと



つまり、たとえ嘘であったとしても、嘘を使うことによってふたりの関係がいいも

のになったり、自分が楽になれるようなら、その方がいいと思うのです。

だってね、あなただって、もしBさんのいる前で、Cさんから「Bさんのご主人って素敵よね」と同意を求められたら「何がいいの、あんな気持ち悪い男。足は短いし、ずうずうしそうで、どこもよくないじゃない」とは言わないでしょう。



あはは・・・そういえば、私も十分嘘つきですね


悪意のある嘘を肯定しているわけではないことは理解していただいているとは思いますが、おそらく、まったく嘘をつかずに生きていくことは、誰にもできないことでしょうね。



わかりました。じゃあ、これからは、私も堂々と嘘をつくことにします。(笑)

これからのことは、もうこれでいいと思いますが、これまでのAさんの言ってきたことが許せなくて、Aさんに対して嫌悪感を抱いているのですが、これは時間が経つことによって薄れてくるのを待つしかないんでしょうか。



あはは・・・確かに時間が解決してくれるでしょうが、せっかく嫌悪感を抱いたのですから、これもちょっと扱ってみましょうか。


先生って、おもしろい言葉遣いをなさいますね。せっかく嫌悪感を抱いただなんて・・・



一見ネガティブに見えるものも反転すればポジティブに早変わりしますからね。

ネガティブがなければ、ポジティブを知ることすらできない。一方だけでは、存在できないのが、この世の仕組みなんですよ。



そう言われてみれば、そのとおりですね。


あなたは、Aさんからとやかく言われたことがいやだったんですよね。



はい、そのとおりです。


あなたには、「Aさんは、私にとやかく言うべきではない」という考えがあるように思うのですが、いかがでしょうか。



はい、それもそのとおりです。


じゃあ、あなたは「私は人には、とやかく言わない」ということなのでしょうか。



はい、私だったら、Aさんのように相手の気持ちを考えないような言い方はしないと思いますね。

あ、でも子どもや主人には、ときどきやっちゃうかもしれません。



あはは・・・正直な人だ。Aさんのようなお友だちには、とやかく言わないという

ことなのでしょうね。

じゃあ、お友だちであったとしても、「~すればいいのに」と思うことはありませんか。



あ・・・あります、あります。言わないまでも思うことはあって、本人には直接言わなくても、「Bさんたら、こんなふうにしてるのよ。私だったら~するのに」とCさんに話すことはあるかもしれません。

なんだか、Aさんは、私のことを映し出している鏡のような存在なのかもしれませんね。



人は人の無意識に応えようとします。あなたが見るのがいやで、見ないようにしていることを他人は察知し、あなたに知らせてくれるのかもしれませんよ。


じゃあ、Aさんは私の無意識にあるものを届けてくれるメッセンジャーということですか。



Aさん自身は、無自覚かもしれませんがね。


これまで認めたくはなかったのですが、私にもAさんのようなところがあるのかもしれません。



認めるのはいいことですが、自分を責めることはしなくていいですよ。

いいも悪いもないんです。

Aさんを通して、ご自身を嫌悪しているあるパーツを意識化できただけで十分です。

無意識でいるうちは、そのパーツは、あなたを動かし続けます。

ところが、意識化し、ちゃんと受け入れてあげれば、おとなしくしてくれるでしょうね。



受け入れるといいますと


あなたの中にあるパーツは、あなたの子です。母親であるあなたに分かってもらいたがっています。ありのままを受け入れて欲しがっています。

ありのままを受け入れないうちは、「どうして僕のことを無視するの」と主張し続けることでしょう。


ありのままを受け入れるとは、「あ、私にそんなところがあったんだ」とただ認めるだけ。

ジャッジしなくていいです。

ジャッジとは「いい、悪い」の判断のことです。


「悪い」のジャッジが入れば「いやだな」という次の念が出てきます。

もう一度言います。

世の中に「いい、悪い」なんて、ないんです。あるのは、勝手な人間の判断だけです。



今日はこれまで触れたことのないような人生の奥深さを垣間見たような気がします。


あなたは、私の無意識を反映するために私の前に立ち現れてくださいました。

私にとってはね、だから、ありがとう。












































二念をつがない

私は、ある保育園に7年間、勤務しております。子どもとの対応には慣れ、そう大して困ることはないのですが、ある特定の子の対応だけは、少しとまどってしまうことがあります。



ほう、どのようなときにとまどってしまうのでしょうか。



その特定の子というのは、自閉症の子で、ときどきほんとうに小憎たらしいことを言います。

相手は子どもで、しかも自閉症なのだから、そんなに深い意味があって言っているのではないのはわかるのですが、ときどき許せなく感じてしまうことがあるんです。



ああ、それはよかったです(笑)


許せなく感じてしまうことがいいことなのですか。



あはは・・・そうではありません。「許せなく感じてしまう」と言えたのがよかったということです。


でもね、先生。許せなく感じてしまう自分を「なんてひどい奴なんだ」と思うことがあるんです。「私なんか、もうこんな仕事は辞めてしまった方がいいんじゃないか」と感じることがあるんですよ。



仏教に「二念をつがない」という言葉があります。あなたは「許せない」という思い(念)を持ちました。

このときが肝心です。このとき「あ、私は『許せない』と感じているんだ」と、ただありのままの自分の状態を観照するだけでいいです。

次にあなたが持った「許せなく感じてしまう私ってなんてひどい奴なんだ」という思いが二念です。


あなたの場合、さらに「私なんか、こんな仕事は辞めてしまった方がいいんじゃないか」という思いまで持つに至っています。


おっしゃるとおりですが、どうしても、そのように思ってしまうのです。



仮にあなたが仕事を辞めたとします。最初の「許せない」という思いと「仕事を辞める」という行動は、本来は何の結びつきもありません。でも、「仕事を辞める」という具体的な行動に結びついてしまうのは、なんかおかしなことだと思いませんか。


私は、「許せない」という思いを持つのは、いけないことだと思っています。でも、そのいけないことを自分がしてしまっているのです。だから、「自分はこの仕事は向いていないんじゃないか」と思ってしまうのです。



あなたは、「許せない」という思いを持たないようご自身をコントロールすることができそうですか。


いいえ、それは無理だろうと思います。この子のある言葉を聞いた瞬間にもう「許せない」と思ってしまいますからね。



そうでしょうね。子どものある言葉を聞く。そして、「許せない」という思いを持つ。このことは、コントロールできません。あなたは、ただ「許せない」という思いを持っただけ。さて、この思いを持ったことって何かいけないことが起こりましたでしょうか。



え?じゃあ、そんな思いを持つのは、いけないことではないのですか。


いいも悪いもありません。ただ、あなたがそのような思いを持ったという事実があるだけです。


・・・・・・・・


事実があり、それがコントロール不可能なら、その事実をそのままにしておけばいいです。



そんな思いを持っていいのですか。


その思いを変えられますか。

「なんとかしてみます」や「努力します」などとは言わないでくださいね。いや、言ってもいいですが、「ほんとうになんとかなりそう」「努力すれば変えらそう」と思えるときだけにしてください。



今は無理そうに思います。


正直ですね。何かの刺激を受け取った次の瞬間、ある思いを持つ。正確にいえば、この思いも変えることはできますが、すぐには無理です。今、あなたにできることは先ほど言った「二念をつがない」ということです。



それは「私って、なんてひどい奴なんだ」と思わないということですか。


はい、そのとおりです。最初の「許せない」という思いを持つことは、すぐには変えられません。

ですが、「二念」に当たる「私って、なんてひどい奴なんだ」という思いは意識的であれば、コントロールが可能です。

具体的に言えば、先ほど言ったことの繰り返しになりますが、「あ、私は『許せない』と感じているんだ」とありのままの自分を観照するだけで置いておきます。



私にできるかな・・・


あなたは、これまではそんなご自分のことを責めてきましたね。自分を責めることによって、あなたには利得があるはずです。



自分を責めることで、私が何か得しているってことですか。


そうです。少々、きびしいことを言いますよ。自分を責めることによって、「許せない」という思いを持つありのままの自分をちゃんと直視することから逃れることができます。

するとその思いを持つ自分に言い訳を与えることができます。すると「許せない」という思いを維持させることが容易になります。



でも、私はそんな自分を何とかしたいと思ってきました。


それは、そうでしょうね。じゃあ、責めることによって、何とかなりましたか。



いいえ、そう言われると「そうではありません」と答えるしかないですね。


あなたが悪いわけでも、ずるいわけでもありませんよ。ふつう、このパラドックスにはなかなか気づかないものです。

何とかしようとしている。でも、何ともならない。ならば、その逆をすればいいのですが、ここになかなか気づかないのです。



その逆というのは、何とかしようとしないということですか。


そうです。ただ、「何とかしようとしなさんな」と言っても、どういう状態が「何とかしようとしない」ことになるのかが、分かりづらいですよね。



それが、先生が先ほどおっしゃった「あ、私は『許せない』と感じているんだ」というありのままの自分を観照するということになるのでしょうか。


そのとおりです。実はただ、ありのままの自分を観照するというのはけっこうきびしいことです。自分を責めている方が楽ですから。



えっ、自分を責める方が楽なのですか。


自分を責める方が楽というよりも、これまでのパターン化されたやり方は意識しなくても簡単にやれるということです。

あなたの場合、私の提案を受け入れようと思うと「二念をつがない」という言葉をキーワードにして、意識的である必要があります。



なるほど、わかるような気がします。私はこれまで自分を責めていたときは、何も意識していなかったですからね。

じゃあ、ありのままの自分を観照することを続けていれば「許せない」という思いからも脱却することができるでしょうか。



「許せない」というありのままを観照すると「そんなこと思うものではない」という意味を与えません。また「いくら相手が子どもでもこう思うのは当たり前」という言い訳も与えず、ただ何の意味も持たない「そのもの」と一緒にいることができます。

そして、実践を通して、あなたは答えを得ることになるでしょう。



やってみます。ありがとうございました。













































今日、開幕。

ある情報誌で「ライブ・カウンセリング」というタイトルで、3年以上連載してきました。


本来、カウンセリングは守秘義務がありますので、誰の話題かが特定できるような書き方はできません。


そこで、エキスはそのままにし、内容を少し変え、書き続けてまいりました。


出版社との問題もあるので、それをさらに修正、加筆しこのブログで公開いたします。



「事実は小説よりも奇なり」とは、よく言ったもので、いろんなことが起こってますね。


まさにカウンセリングルームは、世の中の縮図といった感があります。


では、少しずつ、書いていきますね。