わたしを本屋に連れてって。

わたしを本屋に連れてって。

主に書評、というか読書記録を記していきます。
たまに日常の出来事、雑感等を。

本選びの参考にしていただけたら幸いです。

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地下鉄サリン事件が発生したのは1995年。当時僕は小学校4年生だった。
そのくらいの年齢になれば、これがどんな事件なのかはなんとなくイメージができる。
通勤ラッシュ時に地下鉄で毒物が散布される。最悪の事件だ。

すぐに首謀者は麻原彰晃、実行犯は彼の宗教団体であるオウム真理教とされ、毎日報道が過熱した。

僕はとにかく恐ろしく、夜寝る前は必ず家中の戸締りを確認した。
「オウムが僕を殺しにくる」
強迫観念に襲われていた。

さてそれから10数年。去年のことだ。
オウム真理教のドキュメンタリー映画を撮影した森達也さんの著作に熱中した。
彼が明らかにした麻原の今、当時の裁判の杜撰さ。そして社会の圧倒的な無関心。

強い被害者意識と善悪二元論によってオウム、麻原はあの蛮行に出たという。
今の日本はまさしく同じ思考法にはまっている。危ない。
危機感が募る中出版されたのがこの本だ。

『地下鉄サリン事件20年 被害者の僕が話を聞きます』
サリン事件の被害者である映画監督と、加害者宗教組織の元信者の対談。

サリン事件によって身体と人生を壊されたさかはらさんは、にもかかわらず加害者上祐氏の
「オウムの総括」に全て目を通したという。
当事者以外の話やマスコミなどの二次情報のみで判断し、安易に断罪したり、糾弾したりすることの危険さを彼は訴える。
その姿勢に僕はとても感動した。

僕は今の日本は間違いなく戦争へ向かっている危険な状態だと考えているけど、そうは思っていない人も多いようだ。
彼らは「戦争になんかならない」と盲信している。なぜならば、「なってほしくない」からだ。
人は、自分の信じたいように状況を観察する。
戦争になってほしくない=戦争になんかならない
この公式でぼんやり今の政府を支持している。そんなように思える。

オウムの信者たちも同じ思考法だった。
麻原の教義は危ないものかもしれない。でも、自分が入った宗教は世界最高の宗教だと信じたい。
オウムは最高の宗教だと思いたい=オウムは最高の宗教だ
この図式にはまった信者が麻原への絶対的帰依をエスカレートさせた。

麻原の支配から逃れた上祐氏はのちにとある神社の神官から、
「人から学ぶときは必ずその人を絶対視せずに学べ」
と教わったという。
対象に帰依して思考までも委ねてしまうことはとても危険だ、ということだろう。
一歩引いて、客観的に分析すること。
今の日本、そしてこれからの世界には、この姿勢が必要だ。