5・6歳の頃。
母には妹が3人いて、2番目の妹も姉が大好きだった。
いつも、いつの間にかバイクで姉だけを連れてどこかへ行っていた。
私がその頃バイクに乗ったのはたった2回。美容院への送り迎え。
それも母が頼んだことだった。姉はその間おばさんと叔母の娘2人(従姉妹)
たちとケーキを作っていたらしい。
姉はすぐ泣く子だった。そしていつも思ったことを正直に言える子だった。
もう1つ、台北に住んでいる母の弟、つまり叔父が1番姉のことばかりひいきしていた。
朝になると姉と手を繋いで近くのご飯屋さんにつれていっていた。
私も行きたかった。でも1回も誘われたことなんてなかった。
だから朝ごはんの時間も寝ていることにした。見なくてもすむから。
ある日のことだった。私が昼前テレビを見ていると、叔父が姉の背中を押して
「早く!!」と言っていた。その後すぐ車のドアが閉まる音がした。
誰もいなくて怖かったから、車まで小走りで「どこ行くの?」と聞いた。
叔父は「すぐ帰ってくるから。」と言い、車を走らせ出て行った。
母や叔母は法事があると出て行っていた。
1時間...2時間...5時間...8時間...ずっと待ってた。
ガチャン
帰って来た!なぜかたくさんの人たちが笑っている。
母や叔母も一緒だった。なんでだろう。
後から話を聞くと合流したと聞いたが、その前は笑い声が辛くて
泣きそうになったから、テレビに夢中になってるフリをした。
寝る前、姉に「どこに行ってきたの?」と聞いてみた
「デパート行って、夜市行って、ご飯食べにいって・・・」と楽しそうに話していた。
「私は?」
その2文字がいえなかった。
「...そっか。じゃあ寝るね」と大きな声でいい、すばやく電気を消した。
嫌われないように、姉よりみんなのお手伝いもしていた。
勉強だって学年で1位とってた。(私の学校は私立で小学校から定期テストがあった)
面白いこと言ってみんなを笑わせてた。
作ってもらった料理だっていつも「おいしい」と言っていた。
泣きたいときだって大人が嫌がるから我慢してきた。
大人を困らせないように困らせないようにがんばった。
ずっとずっといい子にしてるのにどうしてこんなに好かれないんだろう。
5歳。自分は台湾では死んでると思ってた。
6歳。やっぱり生まれてこなきゃよかった。そう思い始めた歳だった。