中国有数の名君とされる唐の太宗(皇帝)・李世民に仕えた魏徴(ぎちょう)。魏徴は、主君に対して繰り返し諫言を行い、国家の安定に大きく貢献したと伝えられている。主君の逆鱗に触れることを恐れずに進言した魏徴はもちろん立派だが、それを受け入れた李世民の度量の大きさも忘れてはならない。

 

現代に目を転じると、AIがめざましい発展を遂げたこともあり、経営者がAIに「諫言」を求める場面が増えている。例えば、事業計画や発信内容の妥当性についてAIにコメントを求めるといった具合だ。

 

もちろん、AIは過去のデータに基づいてコメントしているにすぎない。このため、標題との関係で言えば、AIと自らの判断を伴う「諫言」を行っていた魏徴とを単純に並べることはできない。

 

ただ、経営者の中には「人間に批判されるとイラッとするが、AIに言われるとそういう気持ちにはならない」と語る人もいると聞く。人間相手には李世民のような度量を発揮できなくとも、AIに対してなら受け入れることができる。そんな現象が生じているのだ。

 

その背景には、次の二つの要因が考えられる。

第一に、AIは感情も悪意も持たない。そのことを経営者を含む利用者が理解しているため、AIの反応は冷静に受け止めやすい。

第二に、AIに対する一定の信頼感がある。AIは、膨大なデータを分析し、比較的偏りの少ない情報を提供する存在として受け止められつつある。むろん、AIが「嘘」をついたり、間違っていることもあるのだが、それでも「一回、AIに聞いてみよう」と思わせる力がある。

 

このように考えてくると、AIによるコメントは経営者に限らず広く役立ちうることがわかる。経営者が求める事業計画などへのコメントにととまらず、文書作成やプレゼン準備といった場面でも「諫言」とまではいかなくとも、AIから有益なコメントを得られるだろう。

 

大前提となるのは、まずAIにコメントを求めるという能動的なアクションだ。更に、「批判的に」、「迎合しないで」といった指示(プロンプト)をAIに対して与えることが肝要である。というのは、AI(の一部)には、利用者に寄り添い、鋭い批判を返さない傾向もあるからだ。

 

まとめ: 諫言や批判的コメントを受け入れるには度量が求められるが、AIの言葉であれば受け入れやすい。ただし、AIの真価を引き出すには「批判的に」、「迎合しないで」という明確な指示を与えることが大事だ。

 

 

※ 上記文章もAIに対して、批判的にコメントも求め、それも反映しドラフトした。AIのコメントは、主として、AIと魏徴と全く同列に並べて議論するのは不適切、最後にまとめ(結論)を入れて議論を要約したほうがよい、というものであった。いずれも受け入れ、手を入れた後の文章が上記である。

 

 


組織の構成員、例えば、何らかのクラブのメンバーや社員のモチベーションが今一つ高まらない、ということはよくある。

こうした場合にモチベーションを引き上げるための方策は、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の2つに大別される。「外発的動機付け」の代表格は、ほめる、叱るである。ほめる場合には、結果よりもとった行動をほめるほうが効果的など、近年、心理学や行動経済学の分野で、様々なことが明らかになってきている。

一方、「外発的動機付け」の効果は長続きしないということも指摘されており、それゆえに、「内発的動機付け」はモチベーション引上げに重要な役割を果たす。


「内発的動機付け」を強化し、モチベーションを引き上げることは可能か

「内発的動機付け」は、意欲や興味など、個々人の内面から生じているものであり、介入が難しいという見方もあるが、手立てがないわけではない。「内発的動機付け」強化の一手法として、(起きて欲しくないが)起きなかったことを想像することが考えられる。

具体的には、Laura Kray氏ほかの分析によれば、 例えば、今の大学に入学しなければどうなっていたかを想像することで、大学に入ったことの意義をより感じられるという(参考1)。親友に出会っていなかったらどうなっていたかを想像することでも同様の効果があるという。Laura Kray氏ほかはこうした想像を、「反事実的思考(counterfactual thinking)」と呼んでいる。

こうした分析の延長線で考えると、この会社に入っていなければどうなっていたか、あるいは、会社がそもそも存在していなければどうなっていたか、を社員に問うことで、この会社で働くことの意義の再確認を促すことが可能となる(参考2)。社員が自分なりの会社(で働くこと)の意義を再発見できれば、おのずと彼らのモチベーションは高まっていくだろう。

更に、上記のような「反事実的思考」を行わずとも、社員が集まって、会社の社会への貢献は何か、などを議論する機会を設けることも当該会社で働くことの意味を見出し、職員のモチベーションやモラルの向上につながると考えられる(参考2)。振り返りの議論の機会を定期的に設けている企業があるようだが、これはまさにこうした試みと言える(参考3)。

***

組織の構成員の「内発的動機付け」の強化は一筋縄ではいかないが、手立てがないわけではない。「反事実的思考」なども活用すれば、効果的に「内発的動機付け」を強化できる余地がある。


(参考1)Kray, Laura J., Linda G. George, Katie A. Liljenquist, Adam D. Galinsky, Philip E. Tetlock and Neal J. Roese. “From what might have been to what must have been: counterfactual thinking creates meaning.” Journal of personality and social psychology 98 1 (2010): 106-18.
(参考2)“ How to inspire people”The Economist,  Dec 5th 2024. 
(参考3)振り返りの機会として、社員の交流やレクリエーションも兼ねて、「リトリート」などという名前で開催している組織あり。

 

 

先進国においては、自然災害を経験した場合、その後、よりリスクを選好するようになる傾向がみられる。例えば、日本において、東日本大震災(2011年)の後の状況を観察した分析によれば、地震の後に、被災者は、より「金融的な」リスクを許容するようになった。深刻な被害を受けた被災者の男性ほど、より頻繁に、ギャンブルをする傾向があったことなども確認されている。(参考1、2)

 

こうした傾向は、日本において、コロナという未曾有の感染症のリスクにさらされた経験にもあてはまるのだろうか。答はイエスのようである。コロナの感染率の高かった地域においては、金融的なリスクへの許容度が高まっていたことが確認されている。(参考3)

 

感染症の高いリスクにさらされた場合、外出を控えたり、マスクをするなど、感染予防のため、生活面で慎重な行動をとることから、コロナの感染率の高かった地域において、「金融的な」リスクへの許容度が高まるというのは、やや直観に反する。ありうる説明は、高い感染症リスクから感じるストレスを発散/軽減するために、金融面でよりリスクを選好し、例えば、ギャンブルなどの頻度を増やすというものだろう。また、ストレスのゆえに、なげやりな気持ちになり、リスクをとりがち、ということもありうる。

 

コロナ禍の日本において、ギャンブル依存の問題が深刻化したという指摘もある。在宅時間が長くなり、オンラインギャンブルに依存しやすい状況が作り出されたと思われるが、同時に、感染症のリスクに起因するストレスの影響もあった可能性がある。

 

 

(参考1)Hanaoka, Chie, Hitoshi Shigeoka, and Yasutora Watanabe (2018) "Do Risk Preferences Change? Evidence from the Great East Japan Earthquake," American Economic Journal: Applied Economics, vol. 10(2), pages 298-330, April.

(参考2)自然災害にあうと、やはりリスク回避的になるのか | Kiichi Tokuokaのブログ (ameblo.jp)

(参考3)Mineyama, Tomohide and Kiichi Tokuoka (2024) "Does the COVID-19 Pandemic Change Individuals’ Risk Preference?", Journal of Risk and Uncertainty, March 2024.

https://link.springer.com/article/10.1007/s11166-024-09427-5


2020年の世界的なパンデミック以降、不確実性の高い時代に入ったと言われている。

一般に、不確実性は様々な意味で使われているが、しばしば、リスクの高さと同じような意味で使われることが多い。経済学の分野では、「リスク(risk)」、「不確実性(uncertainty)」、「不一致(disagreement)」という3つの似通った概念は、それぞれ違う概念として定義されているので、以下、改めて整理したい。


「リスク」、「不確実性」、「不一致」とは

「リスク」は、測定可能な不確かさである。例えば、宝くじに、当たるか外れるか。これは、事前に確率がわかっているので、「リスク」である。交通事故にあうかあわないかも、統計的に(概ね)確率がわかっているので、「リスク」になる。「リスク」に対しては、保険商品を組成することが可能になる。例えば、自動車保険がそれだ。

これに対して「不確実性」は、主観的にしか確率計算できず、客観的に確率計算のできない不確かさである(注1)。全く新たに始める事業が成功するか否かは、前例もないので、客観的な成功確率は計算できず、まさに「不確実性」に当たる。パンデミック初期には、感染者がどれほどの確率で亡くなるかはわからず、パンデミックの致死性も「不確実性」であった。

最後に「不一致」。これは、人により予測値や、予測確率が異なることだ。パンデミックの例で言えば、その初期には、感染者の死亡確率について様々な予測が存在していた。死亡確率の予測について、「不一致」が大きい状態であったのである。一般に、「不確実性」の高まりと、「不一致」の高まりは連動することが多い(注2)。


足元のインフレ率の予測にあてはめると

足元では、インフレ率が上昇しており、経済学者やアナリストの間では将来のインフレ率(の予測)について、様々な意見が飛び交っているなど、不確かな状況が生じている。来年のインフレ率(の予測)に、「リスク」、「不確実性」、「不一致」の3つ概念を当てはめてみると次のようになる。

まず、来年のインフレ率が、例えば10%という特定の水準になる確率は客観的に計算できないので、来年のインフレ率に係る不確かさは、「リスク」ではなく、「不確実性」となる。一方、専門家の間でも来年のインフレ率について意見が分かれているので、「不一致」が大きい状況と言える。

***

以上のとおり、「リスク」、「不確実性」、「不一致」という3つの概念は、厳密にはそれぞれ異なる。不確かな事象に直面した際に、この3つの概念を当てはめると、(少しだけ)理解が深まるはずだ。



(注1)フランク・H・ナイトの定義

(注2)例えば、以下の論文がインフレ率の予測について、「不確実性」と「不一致」が連動していることを報告:
Armantier, Olivier & Koşar, Gizem & Pomerantz, Rachel & Skandalis, Daphné & Smith, Kyle & Topa, Giorgio & van der Klaauw, Wilbert, 2021. "How economic crises affect inflation beliefs: Evidence from the Covid-19 pandemic," Journal of Economic Behavior & Organization, Elsevier, vol. 189(C), pages 443-469.

 

文章を書かないといけないのに、いくら考えても考えがまとまらない。

 

ところが、いざPCを開いて、空のワードファイルに書き(打ち)始めたら、次々と考えが浮かび、執筆が進む。誰しも一度はこうした経験をしたことがあるはずだ。

 

書く、キーボードを打つ、話すといったアウトプットを出す(出そうとする)ことで、おのずと考えることになり、アイデアが浮かぶのである。

 

この効果を最大限に活かそうとするのが、「アンドロイド・アプローチ」(注)である。このアプローチは、例えば、文章を書くというタスクがある場合に、アンドロイドになりきり、書けという「命令」を、とにかく考えずに実行に移してしまうというものである。

 

そうすることで、「後回しにしよう」、「面倒だ」という気持ちを打ち消す必要がなくなる。あるいは、そうした気持ちが生じる前にタスクに着手できる。

 

とにかくあれこれ考えずに「命令」を実行し始めることが肝要である。そうしてしまえば、自然と思考することになり、逆説的だが、考えないで始めることが、考えることにつながる。結果、タスクも思いのほか早く終えることができる。

 

(注)秋山ジョー賢司氏が提唱

 

誰しも折にふれてTo Do リストを作ることがあろう。家事のTo Doリスト、仕事のTo Doリスト、今年の目標としてのTo Doリストなど。以下、To Doリストをどのように使うのが効果的か考えたい。

 

 

To Do リストの使い方

 

To Do リストは、基本的に箇条書きのスタイルだが、その使い方にはいくつかのバリエーションがある。

 

・紙の上で線を引いて消す

まず、第一の使い方として、紙の上にタスクを列挙し、タスクを終えたらその項目に線を引いて消すというのが最もシンプルである。「線を引いて消す」という行為が、達成感・満足感をもたらす点がメリットである。他方、一度消してしまうと、書いてあったことが読みにくくなるというデメリットがある。

 

・電子ファイル上でタスクの進捗を管理

線で消すと書いてあったことが読みにくいというデメリットへの対応として、(エクセルなどの)電子ファイル上にタスクを箇条書きし、タスクを終えたらそうわかるように色を変える(あるいは薄く網掛けをする)などとする手法がある。中長期にわたり進捗を管理する必要があるプロジェクトなどでは、何が終わり何が終わっていないかを随時見ることができるこの手法が有用である。他方、電子ファイルを開くという行為がおっくうなので、家事のTo Doリストなどには向かないであろう。

 

・チェックボックスを活用

上記2つの中間的な第三の使い方も存在する。それは、まずは(電子ファイルではなく)紙面での箇条書きをベースとし、各タスクの左に、「□」のようなチェックボックスを用意するやり方である。その上で、タスクを終えたらこれを塗りつぶし、「■」とする。途中までしか終わらなければ、半分だけ塗りつぶして「」としてもよい(その後、更に進めば、残りを塗りつぶし「■」とする)。(注)

 

この手法は、線を引いて消すほどの達成感は得られないが、塗りつぶすことで一定の達成感がある。また、何が終わったのかという情報も残すことができる。この第三の使い方は、電子ファイルを用いないので、手軽でもある。

 

(チェックボックスを用いたTo Do リストのイメージ)

 □ 原稿をAに提出

■ Bに電話して〇〇を伝達

 ◩ Cにメールで資料送付

 □ ……

 □ ……

 

 

ベストな使い方

 

上述のとおり、To Doリストにはいくつかの使い方がある。ベストな使い方は、どのようなタスクを管理するかによる。第三のチェックボックス方式を基本としつつ、中長期にわたりタスクの進捗管理が必要な場合には、電子ファイルも使用/併用する、というスタイルがよいのではないか。

 

 

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(注)"Every Tool's a Hammer: Life Is What You Make It" (by Adam Savage)などで薦められている手法


期待インフレ率は重要指標

期待インフレ率、すなわち、物価上昇率の予測水準は、実際のインフレ率(実際の物価上昇率)と並んで重要である。

これはまず、期待インフレ率は、人々の生活水準に与える影響が大きい実際のインフレ率に大きな影響があると考えられているからだ。(実際の)インフレ率に対する人々の関心は高く、2021年以降インフレ率が世界的に上昇するにつれ、そのことがニュースになることが増えた。

また、企業の設備投資などの投資判断に当たっても、期待インフレ率が重要である。理論的には、投資水準は実質金利によって決まるが、実質金利は、名目金利から(実際のインフレ率ではなく)期待インフレ率を差し引いたものであるからだ。


期待インフレ率の決まり方

では、期待インフレ率は、どのように決まるのか。

結論的には、過去に経験した実際のインフレ率が重要な決定要因である。これは、日米を通じてそうである(注)。

具体的には、例えば、期待インフレ率は、オイルショック時の高インフレを経験した世代は高めなり、それを経験していない若い世代は低めになる。また、2021年以降、インフレ率の高まりが世界的に関心を集めているが、これを経験することで、人々が経験した実際のインフレ率が高まり、それに応じて期待インフレ率も上昇することになる。

「経験したインフレ率」は、世代によって異なるが、同じ世代でも、人によって消費の構成により差が出る。車に乗る機会が多い人であれば、ガソリン消費の割合が高く、ガソリンの値段が上がれば、こうした人の「経験したインフレ率」は高くなる。食費の割合が高い人でも同様の現象が起きる。消費の構成の違いによる「経験したインフレ率」の差も、期待インフレ率の個人差につながる(注)。

経験したインフレ率が期待インフレ率の重要な決定要因であるということは、1970年代頃から主流となった「合理的期待仮説」の前から存在していた「適応的期待仮説」が主張していたことである。「適応的期待仮説」は、ざっくり言うと、期待は、過去の経験によって決まるとする考えである。一方、シンプルな「合理的期待仮説」は、人々は、「あらゆる」情報に基づいて、期待インフレ率をはじめ期待値を計算するという考えである。

「合理的期待仮説」との関係

経験したインフレ率が期待インフレ率の重要な決定要因ということは、この「合理的期待仮説」と完全に矛盾するものではない。「合理的期待仮説」が言う「あらゆる」情報のうち、(期待インフレ率の決定に当たっては)経験したインフレ率が重要と言っているにすぎないからだ。

しかし、同時に、経験したインフレ率という特定の情報の重要性は、「あらゆる」情報に基づき期待を形成するという「合理的期待仮説」の極端な前提の再考に一石を投じている。



(注)以下参照:
Jess Diamond & Kota Watanabe & Tsutomu Watanabe, 2020.
"The Formation Of Consumer Inflation Expectations: New Evidence From Japan'S Deflation Experience," International Economic Review, vol. 61(1), pages 241-281, February.

Ulrike Malmendier & Stefan Nagel, 2016.
"Learning from Inflation Experiences," The Quarterly Journal of Economics, Oxford University Press, vol. 131(1), pages 53-87.
 


最近、「鬼滅の刃症候群」という言葉に触れた。これは、アニメ「鬼滅の刃」が日曜の夜遅くに放映されることが発表されたのだが、番組が終わる頃には、また明日から仕事かと、憂鬱な気持ちになることを表したものだ。

もともと、日曜夜6:30から放映しているサザエさんが終わると、憂鬱な気持ちになるという「サザエさん症候群」が広く知られていた。これも同じことだ。

海外には、サンデーナイト・シンドローム=日曜夜症候群 という言葉もある。週明けの仕事のことを考えて日曜に憂鬱になるというのは日本だけに限った話ではなさそうだ。


なぜ憂鬱になるのか

明日月曜から仕事か、と憂鬱になるには様々な理由があろう。

単純に、月曜に(土日より)早起きするのがつらい。明日月曜から、忙しいし、残業もしないといけないかもしれない。気の合わない同僚もいて、接触したくない。上司に怒られるかもしれない、などなど。

しかし、仕事をその良さという視点から、(少し強引に、、)見てみると、こうした憂鬱な気持ちをもたらす要因は、かなり違って見える。


仕事をプラス面から見ると

「早起きするのがつらい」は脇におくとして、「忙しいし、残業もしないといけないかもしれない」は、(暇ではなく)やるべきことがある、になる。

更に、頑張って成果もあげれば、感謝もされる。成果を上げて感謝をされるというプロセスは、仕事における満足度において特に重要である。満足度において、成果は、金銭的な報酬より重要という報告もある(注)。

「気の合わない同僚もいて、接触したくない」は、話し相手がいる、になる。気の合わない同僚がいたとしても、逆に気の合う同僚がいれば、その同僚との休憩時間の雑談は格好のストレス解消の機会になる。2020年以降、初めて一定期間の在宅勤務を経験して、職場の雑談のありがたさを感じた社会人は多いはずだ。

「上司に怒られるかもしれない」は、自分に関心を持って指導してくれる人がいて、自分の成長を支援してくれる、となる。

加えて、仕事をすれば、お金がもらえるし、ボーナスだって出ることがある。自らの成長のためにお金を払って大学に行ったり、習い事に通ったりするわけで、お金ももらえて、成長できるというのは大変ありがたい話だ。


これらのプラス面は、実際に仕事を(定年)退職した人が実際に感じるものであると聞く。退職をすると、収入が大きく減ることだけがデメリットではない。皆がそうということではないが、退職直後少なくとも一時的には、やることがない、話し相手がいない、誰も自分に関心を持ってくれない、といった状況に陥るケースがある。

***

このようなプラス面に目を向けることで、現に感じてしまっている日曜夜の憂鬱を完全に払しょくすることは難しいかもしれないが、少しでも「サザエさん症候群」を軽減できればと思う。

以上、日曜の夜に。



(注)例えば、Saziye Gazioglu and Aysit Tansel, 2006."Job satisfaction in Britain: individual and job related factors," Applied Economics, vol. 38(10), pages 1163-1171.
 

 

休憩により生産性が向上することは、広く認識されている。Googleをはじめ海外・国内の多くの企業が、午後の短時間の昼寝を奨励すらしていると聞く。

 

近年、こうした休憩の効用について、更なるエビデンスが示されている。そのうち、特に最近のユニークなものを2つ紹介したい。1つ目は野球の審判の判定に着目したもの、2つ目は銀行の融資決定に関するものである。

 

 

野球の審判の判定は休憩すると正確になる

 

米国のメジャーリーグベースボールの投球を分析し、審判の判定の正確性は、局面によって変化するとの報告がある(参考1)。この報告は、2008年から2018年の間の約10年の300万球以上の投球に対する審判のストライク/ボール判定の正確性を分析したものである。

 

この報告によると、まず、試合の勝敗を左右するような重要な局面では、審判の集中力は増し、そのストライク/ボール判定はより正確になる。その後、同じ回(イニング中)に重要でない局面が来ると、判定は普段よりも不正確になる。重要な局面に集中し疲労したために、このような傾向が現れると考えらえる。大事なのはこの後である。

 

重要な局面の後、回(イニング)が変わると、判定は不正確にはならないのである。これは、重要な局面において費消した審判の集中力が、回(イニング)の間の休憩により「充電」されたためと考えられる。

 

 

銀行融資決定も休憩の後、より合理的に

 

銀行融資に対する疲労/休憩の影響を分析した報告もある(参考2)。これによれば、銀行融資は、融資担当者の疲労が蓄積すると過度に消極的になる一方、休憩をとることでより合理的になる。

 

具体的には、昼の休憩前の疲労が蓄積する時間が近づくにつれ、銀行の融資担当者は、難しい判断を要しない「デフォルト」オプションである、融資せずとの決定をする傾向がある。結果として、融資は過度に消極的となり、銀行は利益の機会を逸している。一方、昼の休憩の後には、より難しい判断を伴う融資を実行するとの決定=結果としてより合理的な決定 を下す傾向が強くなるのである。

 

 

***

 

以上のように、休憩による生産性向上は、一層明確になっている。あとは、上手に休憩することである。例えば、ワークフロムホームでは、より柔軟に昼寝などの休憩をとることが可能になるが、完全に横になったりして寝すぎないようにするのが効果的と聞く。

 

 

(参考1)Archsmith, James E., Anthony Heyes, Matthew J. Neidell, and Bhaven N. Sampat (2021) "The Dynamics of Inattention in the (Baseball) Field,"

NBER Working Paper No. 28922.

(参考2)Baer, Tobias and Simone Schnall (2021) “Quantifying the cost of decision fatigue: suboptimal risk decisions in finance,” Royal Society Open Finance.


過去に株式投資で実際に損をしたり、株価の下落を見聞きすると、投資家はその後、リスクをより回避するようになり、投資に慎重になる。このことはデータ(米国)で、一貫して確認される(参考1)。住宅投資についても同様の傾向がある。

ところが、以下に述べるとおり、自然災害を経験した場合、必ずしも、被災者は災害の後に、リスクをより回避するようになるわけではない。むしろ日本などの先進国では、よりリスクをとる(リスクを選好する)ようになる。


諸外国では? 

日本以外の国では、自然災害を経験したり見聞きした後に、リスクをより回避するようになる場合と、逆に、リスクを選好するようになる、両方の場合がある。

例えば、インドネシアの地震や洪水のケースでは、これらの自然災害の被災者は、リスクの低い「くじ」を好むなど、リスクをより回避するようになったことが報告されている(参考2)。インドネシアに限らず、タイや、ベトナムでも、同様である。

逆に、オーストラリアの洪水や、2005年の米国のハリケーン(カトリーナ)などの後には、被災者は、よりリスクを選好するようになった(それぞれ、参考3、参考4参照)。インド(2004年の津波)、ペルーでも、同様の報告がある。

これらのケースを、途上国、先進国という切り口で見ると、途上国では、被災者が、自然災害の後にリスクをより回避するようになるケースと、よりリスクを選好するケースが併存している。先進国(オーストラリア、米国、後述する日本)では、いずれも、被災者は、よりリスクを選好するようになった。一般に、先進国のデータの方が、途上国より誤差などが少ないことを踏まえると、被災者がよりリスクを選好するようになったとの(先進国での)報告の信頼性は相対的に高い。


日本では?

東日本大震災(2011年)の後の状況を観察した分析によれば、地震の後に、被災者は、よりリスクを選好するようになった。より深刻な被害を受けた被災者の男性ほど、より頻繁に、ギャンブルをする傾向があったことも確認されている(女性にはこうした傾向は見られず)。(参考5)

また、日本において、特定の地震に限らず、過去に震度5以上の地震を多く経験した者ほど、よりリスクを選好するというデータもある。(参考6)


リスクをより選好するようになる、というのはどういうメカニズムが働いているのか

日本で(更には、オーストラリアや米国でも)見られたように、自然災害の後、リスクを選好するようになる、というのはやや直観に反する面がある。株価の下落を経験した場合、その後の投資においてリスクをより回避するようになることが一貫して見られ、このように、何か悪いことがあれば、その後はリスクをより回避するようになるのが自然であるからだ。

自然災害の後に、よりリスクを選好するようになる場合、その背景にはどのようなメカニズムが働いていると考えられるのか。

一つ考えられるのは、被災者が受けた、大きな精神的なストレスが影響している可能性である。例えば、このストレスを発散/軽減するために、よりリスクを選好し、ギャンブルなどの頻度を増やすことが考えられる。また、ストレスのゆえに、なげやりな気持ちになり、慎重さを失い、よりリスクを選好するようになることもありうる。


***

株式投資や、住宅投資であれば、ネガティブな経験(実際に損をしたり、株価の下落を見聞き)をすると、人々は投資に慎重になる。

これに対して、自然災害というネガティブな経験な場合、リスクをより回避するようになるケースと、逆に、よりリスクを選好するようになるケースの両方が確認されている。

過去のイベントが、その後の行動に影響を与えるのはごく自然なことであるのだが、上記を踏まえると、その方向は、国によって、また、経験の性質、すなわち投資のような金銭的なものか、自然災害のような金銭にとどまらないものか、に依存することとなり、一方向ではなさそうだ。

したがって、こうしたイベントが人々の消費行動などを通じて、ひいてはマクロ経済に与える影響も、一方的ではないだろう。


(参考1)例えば、Malmendier, Ulrike and Stefan Nagel (2011) "Depression Babies: Do Macroeconomic Experiences Affect Risk Taking?," The Quarterly Journal of Economics, vol. 126(1), pages 373-416.
(参考2)Lisa Cameron & Manisha Shah (2015) "Risk-Taking Behavior in the Wake of Natural Disasters," Journal of Human Resources, University of Wisconsin Press, vol. 50(2), pages 484-515.
(参考3)Page, Lionel & Savage, David A. & Torgler, Benno (2014) "Variation in risk seeking behaviour following large losses: A natural experiment," European Economic Review, Elsevier, vol. 71(C), pages 121-131.
(参考4)Eckel, Catherine C. & El-Gamal, Mahmoud A. & Wilson, Rick K. (2009) "Risk loving after the storm: A Bayesian-Network study of Hurricane Katrina evacuees," Journal of Economic Behavior & Organization, Elsevier, vol. 69(2), pages 110-124. 
(参考5)Hanaoka, Chie, Hitoshi Shigeoka, and Yasutora Watanabe (2018) "Do Risk Preferences Change? Evidence from the Great East Japan Earthquake." American Economic Journal: Applied Economics, 10 (2): 298-330.
(参考6)Tokuoka, Kiichi “Does Memory of Earthquakes Affect Risk Tolerance?”Mimeo.