哲学的な言い方は自分入門書数冊読んだだけで
よく理解できない事ばかりです。
ノエシス、ノエマとか未だ不明です。
仏教で言う体タイと用ユーのことなりかなと
文脈で思っています。
ということで
人間の見方についてですが
西洋流の哲学では
『実在』と『実存』を分けます。
実存を哲学が考究初めたのは
フッサール、ハイデガーあたりが始まりですが
彼らは自分を実存といっていません。
いずれにしてもつい最近です
。
東洋は大昔より人間の実存を
是だけを考究し続けてきました。
心が意識自明であるという
ことで
解剖学生理学初期の心理学があります。
東洋では心とは何ぞや
言葉では表せないとしています。
意識、心、言葉はイクオールです。
西洋流においてですが。
これが破綻しています
この世界のアラユル情性が
すべて破綻しています
破綻していると浮世を見るか
破綻していないと見るか
どっちにしても浮世の事実は
一つですが
心をどう見るのか
是によって
人間の
生き方が
まるで正反対になります。
浮世を見るのは心ですから
浮世観がそのまま心なのです。