待ちに待った退院日。

 

部屋の片付けも済み、あとは9時半になるのを待つのみだ。

 

いやー、個室とはいえ辛かった。日に日に辛さを増していったゼ。

 

好きな時にシャワーを浴びれないとか、タンスが臭くて新しい衣類やタオルすべてにすっぱ臭い臭いが染みついたこととか、洗面台の黒いカビが使うたびにポロポロ取れてくることとか…地味にキツかった。

 

あと30分でここを出てゆくが、もうに二度と戻ってこないことを誓い、入院グッズなどを捨てた。

 

本日の副作用は、昨日に引き続き下痢とお尻の痒み。

 

あと、やはり抵抗力が落ちているのか、入院前からあった傷が少し膿んで痒い。

 

でも全然平気です。そんなことより今日は退院!

 

というわけで、そろそろ家に帰ります。

 

See you!

 

 

 

 

癌の治療はお金がかかる。

 

私の場合、まず手術前の検査や準備費用。次に手術入院費。さらに現在の抗がん剤入院費用。今月末からは通院での抗がん剤治療費が必要だ。

 

それが終わると放射線治療が始まり、その後5年から10年のホルモン治療が続く。

 

それ以外にも、仕事を休まなくてはならない時期があるので生活費も必要になってくる。

 

お金の心配をせず治療に専念したいところだがそうもいかない。

 

むしろ一番気掛かりなのがこの問題。

 

今回の治療はなんとかなりそうだが、もしも再発・転移してしまった場合にかかる費用を考えると不安は拭えない。

 

ただありがたいことに、国からの救済もあるのでこれを活用してゆこうと思う。

 

高額療養費制度は前回の手術入院時から今回まで利用させていただいたし、放射線までお世話になる予定だ。(ちょうど放射線の月から多数該当が適用されるので負担額もさらに減る予定。)

 

これが無かったらと考えるだけで恐ろしい。日本に生まれて良かった。

 

傷病手当金も、前回の手術入院と今回の抗がん剤入院を合わせて申請予定である。

 

実は前回入院する際に会社の担当者のかたへ、傷病手当金を申請するので有給休暇は申請しない旨を伝えていたのだが、なぜか病欠した分のお給料が入っていたので問い合わせてみると、どうやら手違いで有給休暇が消化されていた。

 

だが自分の有給休暇の残り日数以上に休んでいたので「足りました?」と尋ねると「足りない分は7月の賞与から引きます。」との答えが。

 

ヤヴァイ!

 

ボーナス当てにしてた!

 

しかも有給休暇も、抗がん剤の副作用が強く出た時のために取っておきたかった。

 

なにより焦ったのは、傷病手当金を受給するためには、医師が就労不可と認めた期間中に会社からの給与が無いことの証明が必要なので、このままでは申請できない。

 

血の気が引くのを感じながらなんとか修正ができないかお願いしてみるが、もう処理が終わっているので難しいかもとの事。

 

一通り焦って、そのままお昼休みに入った。

 

落ち着いて考えてみる。

 

今後の休みに傷病手当金を申請したら?という案も出たが、傷病手当金には待期期間なるものがあり、連続したお休みの4日目からしか出ないのだ。

 

私の場合、もう長期休暇を取るつもりはない。あっては困るのだ。

 

こんな具合に色々と考えているうちに(もうしょうがない。)という気分になってきた。

 

傷病手当金が入れば、約1か月分のお給料がカバーされるはずであったが、そんなことよりもクビにならなかった事を感謝すべきだと思えてきた。

 

その日は今回の入院の前日であったので、帰宅前に今一度「明日からの入院も病欠でお願いします。・・・それと前回の分はもう(大丈夫で・・・)」

 

「あぁ、あれ大丈夫でしたよ。」

 

「良かったぁ~~。」

 

というくだりを経て無事に申請できそうです。

 

 

いよいよ本日で入院生活も終わり。

 

明日の朝には家に帰れる。

 

体調で気になるところは、首肩背中の痛みと倦怠感。

 

病院のベッドが固すぎて寝られないのだ。

 

横になると30秒ごとに体勢を変える。

 

昨夜はもはや諦めて、最初からうつ伏せの土下座ポーズで入眠した。

 

掛け布団を諦めて下に敷いてみたらどうだろう。よし、今夜試してみよう。

 

そういえば体調の変化がもうひとつあった。

 

投与当日の下痢ラッシュから便秘に突入していたのだが、やっと一回出た。

 

その際に(汚い話で申し訳ないです)、お尻の穴に便器の中の水が跳ね返ってきたのだが(俗に言う「おつり」ってやつですね)、その後痒いのだ。

 

その後また下痢気味なのだが、お尻を拭くたびにめっちゃ痒い。

 

もうティッシュでゴシゴシせずにはいられない位痒いのだ。

 

「赤ちゃんのおしりふき」を持参していたのでこれで拭いてなんとか落ち着かせる。

 

さっき回診があったので、ためらいつつもお尻が痒いと伝えたら塗り薬を貰えることになった。

 

「おつり」キモさに拭きすぎたのが原因かもしれない。

 

我が家ならばサッとシャワーを浴びれるのだが、ここではシャワーは一日一回30分予約制なのでしょうがない。

 

そんなこともありつつ、退院前の血液検査をおこなう。

 

しばらくして検査結果発表。

 

白血球値が下がっていはいるが、想定の範囲内なので明日退院できることに。

 

もう午後から荷造りしちゃおう!ランランラン♫

一昨年の年末、部屋でくつろいでいると左の肩に猫の毛が付いているのに気が付いた。

 

うちには2匹の猫がいる。

 

一匹は三毛の女の子。名前はキちゃん、16歳。

 

もう一匹がその息子、オジー。フワフワ長毛の金髪野郎、14歳。

 

金髪野郎の毛かと思い引っ張ると、(ヒエッ!生えてる!)

 

なんと私の肩の付け根、というか肩と胸の境界線の部分から生えちゃっている。

 

毛というよりは蜘蛛の糸のようでものすごく細いし透明だ。

 

これは宝毛ってやつじゃないかと思い、年末ジャンボを購入してみた。

 

夢の高額当選にはならなかったので昨年末も、「宝毛様、今年こそは!」と、年末ジャンボを購入した。

 

そして今、乳がんになって思う。

 

もしかして宝毛様は、乳がんを知らせてくれようとしていたのではないか。

 

宝毛様は左に生えた。私の乳がんも左である。

 

欲深い私はそれに気付かずせっせと宝くじを購入していたが、その間に宝毛様は私の乳がんをリンパの手前で食い止めてくれていたのかもしれない。

 

はいヤァありがたや宝毛様。

 

今回入院する時、タクシーを利用したのだが(タクシー話は尽きない)、とっても面倒見の良い運転手さんであった。

 

私の荷物が大量だったので車を降りて手伝ってくれて、いざ車内へ。

 

すると「ちょっといいですか?ちょっといいですか?」と切羽詰まった感じで話しかけてくる。

 

運「余計なことを聞きますよ?余計なことを聞きますよ?」

 

私:「はぁ。」

 

運:「もしかして、入院ですか?」

 

私:(どんなヘボ探偵でも見破るわ。と思いながら)「はい。」

 

運:「私、今から余計なことを言いますよ?余計なことを言いますよ?」

 

私:(余計なことなら言わなきゃいいのにな、と思いながら)「はぁ。」

 

運:「私これまでたくさんの人をあの病院まで乗せてきました。あそこの病院の先生や従業員もみんなうちのタクシーを利用してるんです。」

 

私:「…?」

 

運:「この病気に良いキノコがあるんですよ。〇〇〇タケっていって、すごく効くんですよ!知り合いの女の人なんか、8年前に手術して今じゃ元気に仕事してますよ。」

 

私:「そうなんですか。」

 

運:「今じゃどこでも売ってない。一か所だけでしか売ってないの。電話番号を言いますよ?言いますよ?090-・・」

 

私:「あの私、多分電話しないんで結構です。でもありがとうございます。」

 

運:「すみませんね。余計なこと言って。」

 

こんな不思議なやり取りが終わると同時に病院へ到着。

 

わざわざ車を降りて病院の自動ドアの前まで荷物を持ってくれた。

 

なんだかマジックマッシュルームを食べさせられたかのような不思議なドライブであった。

この3月に乳がんが発覚してから、それはもう色んな感情のうねりがあった。

 

恐怖、悲しみ、後悔、反省、感謝・・主にそんなところであったが、それ以外にも思いもよらぬ場面で妙な感情になることがある。

 

例えば、ある人に病気になったことを伝えた際、「お酒もタバコもやってましたもんね。」と言われた時。

 

(もうわざわざ言わんでも自分で分かっとります。)

 

こんなただでさえ癌の告知を受けたばかりの人間に追い打ちをかけるように自業自得の烙印を押す罪は、喫煙飲酒の罪よりも重いはず。ぐぬぬ(# ゚Д゚)

 

こんなこと言うヤツいるはずないと思うかもしれないが、実際私は過去にも遭遇したことがある。

 

親戚が癌で亡くなったという知人女性は、亡くなった親戚について「40歳すぎて結婚もせずに仕事ばっかりして、好き勝手に生活してたみたいだから自業自得。」と言っていた。

 

 

上記の女性が自業自得であったかどうかは誰にも分らないし他の人間がジャッジするべきでもないと思うのだが、自分のこととなると話は別である。

 

原因に思い当たる節がある私に母が言ってくれたこと。

 

「なんでこんな病気になったんだろうとか、なにが原因だったんだろうとか、そんなことは考えなくて良いからね。これから治すことだけを考えれば良いんだから。」

 

そう言って泣きながら抱きしめてくれた。

 

そして現在勤めている会社の社長も、これとおんなじ事を言ってくれた。

 

心配と迷惑をかけているのは事実なので、これからの私に出来る事はしっかり治療を受けること。

 

ちゃんと治そう。

 

ぐぬぬ(# ゚Д゚)、となったことでもうひとつ思い出したのだが、先日の手術入院の後、ご心配とご迷惑をかけた方々へのお礼を買いにデパートへ出かけた。

 

タクシーを使ったのだが、その運転手さんがおしゃべりなかたで、色々と話しかけてくる。

 

退院明けで曜日の感覚がなくなっていた私が、車の多さに「あぁ、今日は土曜日なんですね。」と言うと、「子供さんは?」と唐突な質問。

 

「いません。」と答えると、「子供さんでもいれば曜日が分からなくなることはないのに。」

 

なんかめんどくさくなってきたので「あぁ…そうですねぇ…。」などと気のない返事をし始めるが、追撃の手は緩まない。

 

むしろやる気を増してきてる!

 

(やめておけ、やめておけ。今の私にこれ以上構うな!)という祈りも届かずついに、「早く子供を生んで社会に貢献しないと!」とか言い出したのでもう言っちゃった。

 

私「癌なんです。」

 

運転手「・・・」

 

私「癌の抗がん剤治療で、もう子供は生めないんです。」

 

しばらく静かになったので到着までゆっくり過ごせた。

 

5日目。なんかダルーイ。頭もイターイ。

 

鏡をみるとまだ目が腫れている。数字の3みたい。のび太さんが眼鏡外した時みたい。

 

昨日泣いたからなぁ。

 

口の中と喉が少し痛い。

 

これまでも疲れがたまると出ていた、治療済みの歯と唾液腺の痛み。

 

今日は本当に疲労感が強くて、朝、歯磨きをしようと部屋の中の洗面台まで3歩歩いて「ダハァ~~~ッ!無理!」っていうのを3回繰り返した。

 

生理にもなっちゃったしね。

 

生理痛と体の凝りが重なって節々が痛い、というか重いという感じ。

 

胃のムカムカはあるが今朝の朝食は「食欲のない方用セレクトメニュー」を頼んであったので気持ちは軽い。

 

プリンは美味しかったが、リンゴの味が変。残そう。無理はいかん。

 

午前中までは倦怠感が強く、毎朝恒例の一番風呂も初めて断念した。

 

この倦怠感は昼すぎには落ち着いてきた。

 

まぁ、倦怠感があってもやることはないので、ただゴロゴロしてれば良いだけなのだ。

 

今後、働きながら抗がん剤治療をするにあたり、今回の副作用パターンを参考に休日を組んでゆくのだが、5日目である今日は(午前中がピークだったけど)しんどかった。

 

生理と重なったせいかもしれないが、念のため5日目は休日を入れようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝起きたら胃のムカムカが少しマシになっていた。

 

でもあることはある。

 

朝食は食べなかった。

 

昨日まで食事を取るのも治療のうち!と無理矢理食べていたが、胃のムカムカが地味に嫌になってきたので野菜ジュースだけ飲んだ。

 

食欲がない患者向けのセレクトメニューなるものがあるので申し込んでみた。億劫だった食事が少し楽しみに♪

 

話は変わるが、さっきまた母親と喧嘩してしまった。

 

今回の入院直前に母が「エアコンの奥の掃除をプロに頼んだら?」と提案してきたので「それは良いね。」と言っていたのだが、「いつにするの?いつにするの?」とせかし始めたので、「ちょうど退院の時期は白血球が減少して免疫が落ちてるころだし、感染症も怖いから抗がん剤が終わってからにする。」と伝えていた。

 

子供のころからアレルギー&アトピー&喘息もちで、2か月前にエアコン掃除をした際にもアレルギーが出ていた。

 

週に1度の掃除機のフィルター洗いでもたまにアレルギーがでるのに、抗がん剤で免疫が弱っている時に家の中の眠れるハウスダストを起こしたくない旨を伝え、母も納得していたはずであった。

 

だが、今朝の電話で「エアコンの掃除しといたからね!」と言われビックリ仰天したのだ。

 

なぜに⁉

 

あの話し合いは何だったの⁉

 

今一度伝える。「ありがたいんだけど、健康な時でさえアレルギーが出るのに免疫ダダ下がりの時期に、ましては初回投与の時はやめておくって言ったじゃん。」

 

すると今度は家のラグの本体(かなり厚みがあり普段はカバーを付けて使っている)をコインランドリーで洗おうかと言い出した。

 

これも2日前に「コインランドリー使ったら臭いが染みついて洗濯物捨てた。感染症も心配だし当分使わないでね。」と伝えたのに。

 

そんな電話のやり取りの後、母が病室にやってきたのだが、なんか猛烈に逆切れしていた。

 

「もうやったものはしょうがないじゃん‼済んだことをクドクドと‼」

 

私は、事前にあれだけしっかり伝えてあったことを、数日できれいに反故にする理由が知りたかった。

 

また、万一ボケてしまっているのではないかという心配もあったのだが、どうやら忘れていたわけではないらしい。

 

「大丈夫だと思った」そうです。

 

理解してもらおうと話す私を、「お父さんに似てる」の一言でバッサリ。

 

さすが母親。娘が一番傷つく言葉を最高のタイミングで繰り出してきた。

 

もうこれが出ると母の勝ち。私が何を言っても伝わらない。

 

気力も体力も使い果たし、「もう帰っていいよ…」としか言えなかった。

 

そして母は激おこで病室を飛び出していったのだ。

 

その後、悲しい気持ちで一時間ほど過ごしていると「コンコン」とドアをノックする音。

 

母が泣きながら戻ってきたのだった。

 

私も泣いて、二人で泣いて、結果お互いに謝ってまた仲直り。

 

母も不安と退屈でイライラしていたし、私も(これも副作用か?)昨日からなんだかイラついていた。

 

母をキス&ハグで見送り、今冷静になってみると、なぜあんなに喧嘩したのか分からない。

 

ただ自分でも(これおかしい!)と思うほど感情が昂ぶっていた。怒り。悲しみ。自己憐憫。

 

残りの3クールの為に、手帳にそっと記した。

 

「4日目、精神昂ぶりがち。」

 

 

 

 

 

 

 

ブログが現実に追い付いた。

 

今まさに抗がん剤3日目の夜である。

 

副作用的なものは昨日と同じ。

 

仕事に支障をきたしそうなのは下痢ぐらいだが、これは点滴当日なので問題なし。

 

ただし、当日は眠れないので(おしっこで起きちゃう)2日目はお休みを入れたほうがよさそう。

 

3日目は働けそうだな。

 

怠さはあるのだが、病室でずっとダラダラしているからなのか、副作用で疲労が出ているのかは分からない。

 

明日はどんな感じになるかなぁ。

 

(おまけ)◆病室レビュー◆

前回の手術入院では3つの部屋を経験し、最終的には8人部屋までいった。
 
なかなか眠れずリラックスもできず辛かったので、今回は副作用に備え個室を予約した。
 
これが前回私が寝ていたベッドの裏側の部屋だったのだが、一枚壁を隔てたところにこんな楽園が存在していたとは驚いた。
 
広くて壁一面に窓がある。収納も十分あり、なんと洗面台まであるではないか。
 
ベッドに座って歯磨きできる。テレビも小さな音ならイヤホン無でみられる。音楽もごく小さな音なら聴ける。
 
驚いたのが、朝ドアノブのところに新聞が挟んであったこと。
 
ホテルか!と。
 
そんな感じで日中は窓を自由に開けて外気を感じながら本を読み、夜は鼾無しでゆっくりと眠れています。
 
そういえば前回の入院の時の大部屋のボス(伝説のほう)にお会いした。
 
「抗がん剤になったんだね。ファイト!」と言われこちらもガッツポーズを返した。
 
やっぱかっけえ、伝説のボス。
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

抗がん剤投与の翌日、最後にトイレに起きてから1時間半後に目覚めると頭痛と吐き気は治まっていた。

 

起き上がる前に全身の様子を探る。

 

舌にピリピリする部分がある。喉もチト痛む。起き上がって鏡で見てみると舌に歯の跡がくっきりある。浮腫んでいるようだ。

 

胃のムカムカ→胃薬。

 

相変わらず首肩が凝っている→湿布。

 

2日目の副作用はこんな感じであった。

 

この日は母が来てくれたのだが、少し喧嘩した。

 

私がせっせと手足の保湿をしたり口腔ケアをしている姿を見て「あんたって本当に変なところで神経質よね。」と言ってきたのだ。

 

実は先週も喧嘩(大げさかな?)していて、私が「髪が抜ける前にスキンヘッドにする。」と言ったら「それは絶対やめたほうが良いよ。チクチクの毛の片付けが大変だからある程度抜けてからにした方が良いって。」と言ってきて(実はこれ、以前私が伝えた情報)、わたしが「片付けの手間と、髪が抜けるショックなら甘んじて片付けの手間を受けるよ。多分、髪が抜け始めると自分が本当に乳がんなんだ、大病を患っているんだなぁって、かなりショックを受けると思うんだ。」というと、「そんなの皆一緒なんだから我慢しなさいよ!」と言われたのだ。

 

その流れで今回の「あんたって変なところで神経質」発言があったのだ。

 

母には本当に感謝している。申し訳なくも思っている。

 

私が入院している間の猫たちの世話を前回今回ともにしてくれて安心して入院もできている。

 

でもイラっときた。悲しくも思った。

 

「これらは副作用対策で、私はできる予防はしておきたいの。仕事も続けたいし。まるで私が悪いことをしているように言わないで。」と伝えてPCを開き、副作用の事例を見せた。

 

母は私が病気について色々と調べるのが嫌みたいだ。何故かはわからんが。

 

とにかくお互い気付かないうちにストレスが溜まってるんだろう。

 

いつもどおり言いたいことを言い合いすぐに仲直りしたのであった。