皆さん、こんばんは!
本当は別のブログをもっと後で挙げる予定だったのですが、エンライトさんの代理人、美雨さんのブログに腹筋が崩壊してしまったのでこちらを
これまでのポリシー通り、個人を名指しして攻撃するものではなく、行動や言動に関する私の意見ということをご理解頂いただきたく。
私は人々の想いが時として大きな力になることは何度も見てきたし、それに対して疑いはないのですが…
私がバカウケしたのは、
台風さんは東京見物に来た、
と言っている人がいるという下り。
TDEエネルギーってのがどんなものか知らないので無碍に批判することはできませんが…
こういうのを見るとあまりにメルヘンな発想なのでTokyo Disney Earthエネルギーの略称か?とツッコミ入れるのは関西人の性でしょうか

私は神戸で阪神淡路大震災に被災しました。
まるで北斗の拳の舞台か?と思うような悲惨な姿に変わり果てた長田の街を徒歩でこの目で見てきました。
地震が起きて少ししてから、実家から遠く離れた長田からの灰が降ってきたり。
当時バイトしていた事務所の安否を確かめるために20km程離れた長田の街まで徒歩で行った時のあの臭いだけは思い出すのも嫌です。
それと同時に自然に対する人間の無力さを知りました。
だってビルが折れて地下を三社共同路線が走っているであろう上の道路がV字になって落ちてるんですよ!
あの時私は自然の怖さと、自分のこれまでの考え方を通じて如何に人間が自己中心的に環境を考えていたかということを思い知らされました。
文明なんてものは所詮は地球という大きな生き物の中に住まわせて頂いている上に成立しているほんの塵芥のようなもの。
よく地震は地球のくしゃみとか寝返りとか言われますが、それだけであんなことになるんですよ!
太古の地球ではもっと大きな地震が頻発していたらしいですが。
天災なんて言い方がありますが、「災」と決めているのは人間だけで、地球からすれば普通に起きなければならないタイミングで起こったこと。
それなのに、
「私/私達の祈りで台風の進路を変えた」
とか、どの口が言うんでしょうね。
祈りとは純粋な気持ち。
ポーズや言葉では決してなく。
「私/私達が!」
みたいな自己顕示欲は邪魔でしかない。
そんなエゴが絡んだ時点でもはや祈りではない。
それは欲だ!
どこの坊さん/神父/牧師/神職/聖職者が
「俺の力で台風をそらしてやった!」
とか言いますか?
新興宗教の指導者は知りませんが。
いちいち呼び掛けなくてもやる人はひっそりとやってるし、そんな人ゴマンといるよ、全く。
ここまではスピの話。
人として、今回の台風で亡くなられた遺族の方々を目の前にして、
「台風さんは東京見物に来ただけだから!」
とか、
「祈りで台風反らしてやったんだぁ!」
なんてこと言えるのか?
もし私の家族、知人が死んだとして、そんなことを目の前で得意げにのうのうと言う奴がいたらたとえ警察に捕まろうとぶちのめしますよ。
自分がその渦中にいないからってさ、ちょっと考えたらわかりそうなものだけど…
そんなことを自慢している暇が有れば募金箱にたとえ100円でもいいから入れたほうがよっぽど人様のお役に立つはず。
昔とあるアホスピが私に
「俺が怒ったら嵐になるぞ!」
と言ってきたことがあったので、
石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」のさわりを歌いながら、
「おいらはドラマー、ヤクザなドラマー

ほな滋賀当たりで(ちょうど旱魃で琵琶湖の水位が下がっていた)でスタンバっとけや。
血管切れるくらい怒らせたるからよ。」
と言い放つと彼はその言葉に顔を真っ赤にして怒ったものの天気は快晴でそれから一年以上も嵐は起きずw
天候は人間の感情とは連動しない。
ましてや個人や一集団の都合だけで天候を変えられたらたまったもんじゃない。
例えばそいつが怒るたびに毎回嵐になってたら世の中大混乱ですよw
結局これらの発言とかって
「俺を怒らせたら怖いんだぜ」
的な厨二病でしかないって暗に公言しているようなもんじゃん。
アホか。
その身勝手な考え方が先に述べた私の中にあったような人間としての奢りに繋がり、文明の脆弱性を浮彫りにしているということをいい加減気付いた方がいい。
そりゃ長い人生の中では
「台風で無理だと思ったら飛行機が飛んだ」
とか
「大雨で通行止めになっていたのにその付近にきたら晴れた!」
とかいうことは誰しも何度も体験するでしょう。
私のような業の深い者でもあるくらいですから。
でもね、それは予めそうなるよう決まっていただけで、あなたが天候を左右したわけではない。
その時間帯に動くよう上(神様でも宇宙でも何でもいいけど)がこちらを動かしている、という方がよっぽど自然だと思いませんか?
スピ系に関わっておられる方々はどう思われます?