第百二十八話「罪に濡れるふたり(その37)」




「こんな菜々子ちゃんの笑顔見たの…久し振りだよ。適わないなぁ…正臣くんには…姉弟の絆って凄いな」


私の満面の笑みに引き寄せられるようにして、私の顔を覗き込むと、冗談交じりの言い方をして、拓人は口を尖(とが)らせる。


「まぁ、当たり前じゃないですか!正臣さまがお屋敷にお見えになって10年…姉弟の絆をしっかりと作り上げて来られたんですから。…色んなことをお二人で乗り越えられて…」


拓人の言葉に、妙は私達の幼い頃を思い出しているようだった。

目を細めた先には、幼い頃からの私達の姿が見えているかのように、懐かしい表情に変わった。


「正臣は…元気にしてるんでしょ?」


「えぇ…よく頑張っておられますよ。四条先生からもお聞きになってらっしゃるとは思いますが…ただ…」


「ただ…?」


さっきまで優しい微笑みを浮かべていた妙の顔が、一瞬、曇ったのを私は見逃さなかった。

妙の次の言葉が出るまで、そう時間は掛からなかったのだが、私にはとてつもなく長い時間のように思えた。


「…旦那様の厳しさには、よく耐えておられますよ。正臣さまが何でも卒なくこなされて、一緒に働いている者達に、気も遣って下さって…とても評判はよろしゅうございます。でも…旦那様にはそれが気に入らないようで…私共も旦那様の正臣さまへの厳しさには、辟易しているところです」


「正臣が…そんな辛い目に遭ってたなんて…」


妙から聞かされた真実に、私は胸が苦しくなった。

鷹司家の後継者にする為に…と言いながら、正臣が叔父のいいように使われているように思えて、怒りまでもが込み上げてきた。


「精一杯、頑張ってらっしゃる正臣さまに、私共からのささやかながらプレゼントです。お嬢さまのお顔見られて、もっと元気になって頂きたくて…」


妙はそう言うと、目に涙を溜めてニッコリと笑った。

その顔で今の正臣の状況が察知出来た私は、妙の見せた笑顔が正臣への願いであることも感じとっていた。

私の胸の鼓動が大きく脈打ち始めた…

ここ暫く味わったことのない速さでリズムを打っていた。

正臣に会いたい…

その想いが私の身体を生き返らせていく。

身体中に血が通っていく感覚が、自分でもハッキリと分かったのだった。





さっきまで、太陽の日差しが燦々(さんさん)と降り注いでいたのに、突然に現れた雲が雨を連れてきた。

太陽の日差しに誘われて、朝から珍しく外で本を読んでいた私は、開いていたページに雨粒が落ちてきたことで、慌てて軒下へと入った。

濡れたページの雫を指先で弾きながら、私は頬を膨らませて雨雲を睨みつける。


「もう…せっかくいいお天気だったのに…」


口を尖らせてそう呟いてはみるものの、私の顔は朝から緩(ゆる)みっぱなしだった。

今日…ようやく正臣に会えるのだ…


「いいことと悪いことが同時にやってきたみたいな顔してるよ」


少し雨足が強くなった空を見つめていた私に、不意に声が掛けられた。

私はその声の方に、目を丸くしたままで視線を送った。


「…正臣!」


「姉さん…来たよ」


そう言った正臣の声など、もう私の耳には入って来なかった。

ただただ、私は本能のまま正臣の温もりを求めて、胸に飛び込んだのだった――





第百二十九話 「罪に濡れるふたり(その38)」


第百二十七話 「罪に濡れるふたり(その36)」







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