第百二十四話「罪に濡れるふたり(その33)」




その日の夕方…

たくさんのお土産を抱えて、母と叔父が鷹司家の屋敷に戻って来た。

久し振りに羽を伸ばせたこともあってか、二人とも上機嫌だったようだ。

体調が悪いことを理由に出迎えに行けなかったことに、少しだけ叔父の機嫌を損ねたようだったが、母が何とか執り成してくれていたと、後で妙(たえ)から聞かされた。

叔父を怒らせてしまったことに、本当なら居ても立ってもいられないほど、怯えた気持ちになる筈なのに、生きる希望を自ら捨てた私には、どうでもいいことだった。

叔父を怒らせて、何か罰が与えられたとしても、許しを乞うことなど考えることもなかった。

さすがに自分達が旅行に行っていた一週間、殆んど食事も摂らずに塞ぎ込んでる娘のことが心配になったのか、母が夜になって私の部屋を訪れた。


「菜々子…あなた、どうしちゃったの?体調が悪いだけじゃないんじゃない?」


ベッドに横たわる私の傍で、声を潜めて母が呟いた。


「正臣さんを使用人達の所へ行かせたことも…関係あるんじゃないの?」


正臣のことを快く思っていない母が、正臣の名前を出すなど珍しいことだった。

思わず私は、被っていた布団を跳ね除けると、ベッドから起き上がって母の方に向き直った。


「やっぱり…それが原因なのね。正臣さんを使用人達の所へ行かせたあの人への当てつけなんでしょ?」


ベッドから起き上がって見た母の顔は、鬼の形相と化していた。

私が塞ぎ込んでいるのは、叔父への反抗心からだと思っているようなのだ。


「お母さま…それは違うわ。使用人の所へ行くことは、正臣だって納得済みのことだったでしょ?」


私は初めて見る母の険しい顔に、驚きを隠せなかったが、動揺しないように必死に言葉を連ねた。

しかし、私の真意は母に届かなかったのか、母の表情から険しさは消えなかった。


「じゃぁ…私への当てつけかしら?あの人との結婚、本当はあなたも反対だったんでしょ!」


険しさが消えるどころか、母は突然、被害的になった…

確かに母が叔父との結婚を決めた時、口にこそは出さなかったが、逝ってしまった父が可哀想だと思ったのは事実だった。

それでも、母が父の死から立ち直ってくれたことは、本当に喜ばしいことだった。

それが、叔父への信頼や愛情によるものだったとしても、母が元気になってくれたことが、私には一番の喜びだった筈なのに…


「…寂しかったのよ…お父さまに先立たれて…先のことを考えたら、不安で堪(たま)らなくて…押し潰されちゃいそうだったのよ…」


「…お母さま…」


「…手を差し伸べてくれたのは…正嗣さんだったわ。私を元気づけようと必死になってくれたのよ。手を取っちゃ…いけなかったの?亡くなったお父さまを裏切っちゃいけなかったの…?あなたもそうやって…私を責めるの?」


母の興奮した声が廊下にいた妙の耳にも聞こえて来たのだろう。

慌てて部屋に飛び込んできた妙は、興奮した母を宥(なだ)める為、私の傍から離そうと必死だった。

私の体調を真っ先に気遣った妙は、私の方を心配顔で見つめながら、興奮した母を部屋から連れ出した。

呆然としたまま二人の姿を目で追った後、部屋に取り残された私は、とてつもない孤独感に襲われた。

だからと言って、差し伸べられた手を取った母を下げしむ気持ちも、恨む気持ちも生まれてはこなかった。

ただ、生きる希望を見いだせないことに、少しだけ拍車を掛けたことは言うまでもなかった――





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