『最終話②:二人のカタチ(その2)』







私達は主を失った居酒屋を後にした…


何だか胸がいっぱいになって、真矢に掛ける言葉も見つからず、私はギュッとハンドルを握り締めて隣町へと車を走らせた。


それは真矢も同じだったのかも知れない…


流れていく景色を窓ガラス越しに見つめたまま、真矢が言葉を発することはなかった。


車を暫く走らせると、15年前よりも煌びやかになった街の中心街の色鮮やかなネオンが、眩しいくらいに目に飛び込んで来た。


「塔子、ホテルの場所…覚えてたん?」


真矢がようやく口を開いた時には、15年前と同じようにホテルの裏口に車を着けた後だった。


「記憶力だけは、まだ衰えてないみたい」


私はちょっと胸を張って、自慢げに言ってみる。


今日、三度目のデコピンを受けるかと思いきや、真矢は優しい笑みを浮かべて「ホンマや」と笑って頷いていた。


「ねぇ…ナベくん。オヤジさんに会えなかったのは残念だったけど、私…オヤジさんが生きてるって知って嬉しかった。何かね、凄く嬉しかったの…」


さっきより真矢が落ち着いたように見えて、私は思わず心の内を口にした。


確かに、オヤジさんのいない居酒屋は随分と寂(さび)れてしまっていたけれど、賑わっていた店内で生き生きと動き回るオヤジさんを思い出すと、生きててくれていることが素直に嬉しいと思えたのだ。


「…そうやな。何や、俺…つまらん奴やなぁ。塔子みたいに思えたら、オヤジさんかて頑張ってきた甲斐があるっちゅうもんや。寂しい思うてたらアカンな」


「…ナベくんさ、あの時の約束…叶わなかったけど、オヤジさんに報告したかったんでしょ?」


真矢と再会したあの日、あの居酒屋のカウンターで、40歳までに私と真矢が結婚していなかったら…


そんな勝手な話をオヤジさんとしていた真矢の姿が、昨日のことのように蘇ってくる。


「まぁ、叶わへんやったけど…元気にやってるってとこ、見せたかったんやと思う。何の因果か…40歳になって、こうしてここに来ることが出来たんやから」


真矢の言葉に私は、ただ頷いた。


真矢のオヤジさんへの想いを壊さないように、微笑んで頷いていた。


「今日は遅うまで、悪かったな。娘たちに寂しい想いさせてしもうて…」


「ううん。いっつもベッタリ母娘だから…たまには離れて大切さを実感するのもいいもんだよ。ナベくんとこも娘さん、二人だったよね?忙しいばっかりだと嫌われちゃうよ~」


「そやな…」


私の言葉に真矢は、少し困ったような顔を見せて苦笑した。


働き盛りの今、私の夫がそうだったように、真矢もきっと、娘たちと触れ合う時間がないのかも知れない。


耳が痛いことではあったかも知れないが、私のようになって貰いたくなくて、私は敢えて真矢にそう言ったのだった。


「娘は…俺の宝物やからな…」


そう呟いて微笑んだ真矢の顔が、ちょっとだけ切なく見えたのは、出張で逢えない娘たちを思ってのことだろうと私は思ったのだった――





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♪:最終話① 二人のカタチ









「いつか離れる日が来ても」






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