『第二十七話:変わりゆくカタチ(その11)』
突然の真矢の声に私の体はビクンと震え、大きく目を見開いた。
「どうしたの?」
私は慌てて運転席から身を乗り出し、隣に座る真矢の顔を覗き込んだ。
慌てる私とは対照的に真矢はアルコールで重たくなった目を閉じて、少し倒したシートに体を預けると、静かな声で呟いた。
「これ…この曲聴いたら帰るわ。お前がようカラオケで歌ってた曲やな」
「あ、うん…」
真矢の言葉に、私は身を乗り出した体をゆっくりと戻した。
私の大好きな切ないバラードが、やけに耳に響いてきて、何だか切ない気持ちになった。
そんな私の気持ちに気付く筈もない真矢が、ポツリと呟いた…
「…お前が結婚したら、こんな風に会うこともないかもな」
真矢が目を閉じたままで呟いた言葉が、私の切なさに更に拍車をかける。
「何で…そんなこと言うの…?」
途切れ途切れになる私の言葉に、目を閉じていた真矢がゆっくりと目を開けた。
真矢の目には私がどんな風に映っていたのだろう…
込み上げてきた涙を止められないまま、私は真矢を見つめていた。
「何泣いてんねん…」
真矢の言葉が私の耳元で聞こえて、私の体は真矢の胸に引き寄せられる。
私は引き寄せられた真矢の胸の中で、もう一度同じ言葉を繰り返し、泣きじゃくった。
私達はいったい…どんなカタチを求めていたのだろう。
こんな風に温もりを求め合うことなどない筈だった…
この温もりを知ってしまったら、掛け違えたボタンの居場所が定まってしまいそうで、二人のカタチが微妙に変わっていったことを認めてしまいたくなかった。
真矢の頬が私の頬に微かに触れた…
少しでも顔を動かせば、唇が触れてしまいそうなほどの距離だった。
二人の息遣いがハッキリと聴こえる距離で、私達は動くことが出来なかった。
二人の距離をこれ以上、縮めることは出来なかった…
唯一、触れ合った指先だけを握り合って、真矢が私の耳元で囁いた。
「冗談やって。お前が結婚しても、逢わへんことないから…」
真矢はそう言うと、私から離れいつものように笑ってみせた。
私は鼻を啜(すす)りながら、ただ頷くことしか出来ずにいた。
「気ぃつけて帰れや。帰り着いたら電話入れな、絶交や」
そう言って車から降りる真矢の背中をホテルの中に入るまで見送った私は、車をゆっくりと走らせた。
窓を流れていく景色が、再び滲み始める。
「何で…そんなこと言うの…?」
もう真矢とは逢えない予感が、時間が経つごとに強くなっていく…
そして、私は家に帰り着いても真矢の携帯電話に着信することはなかった。
私達の曖昧になりそうなカタチを留めるかのように…
そして、その5年後…
私は付き合っていた彼と結婚した。
真矢はその1年後に遂に巡り逢った彼女と結婚を果たしたのだった――
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「思いがかさなるその前に / 平井堅」
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