ブログを書きだして数日!



もう、書くことに行き詰まり
しっかりと
そこも伝わっている私のブログ。。。



いやー

やっぱり
すごいなあって思うのです。


こうして、書かせていただくと
事務長がいかに
すごかったのかを感じさせていただいています。



以前、事務長は
「奇跡の眼科」
と言われた、いとう眼科は

なにを、してきたの!!?

と、聞かれても
これ!!と言う事がなかったので
伝えられなかったそうです。

ですが
今年、気づいてしまったそうです。
それを10個にまとめてくださったことがありました。

以前なら
事務長のブログのURLを貼り付けさせていただくのですが
残念ながら
もう見れないので
私の方から!!


いとう眼科で大切にしてきたこと
10個!!


ーーーーーー

1.掃除

2.歩行

3.挨拶

4.言い訳

5.聞く姿勢

6.お礼

7.お出迎え

8.お見送り

9.第一歩





そして、ラスト!!

10.メールの返信は最速

ーーーーーー


以上を事務長がまとめてくれました。

一つ一つ詳しくシェアしたいし
これを一番先に事務長から聞いた先輩が
私たちにシェアしてくれた
その想いも、まさに
いとう眼科!!で
それも是非是非シェアしたいのですが


今日は
ちょっと、置いておいて置かせてください。。。


そして、この10個は
どれもこれも
いとう眼科スタッフは
あーー!!
うーーん!
そうだ、そうだ!!
と、なっていると思います。


これは、事務長がスタッフの幸せを考え
学んでくださり
医院でたくさん実践されてきた中での
厳選10個だと思うのですが


無から有にするって
すごいことなんだって思いました。


ブログを書かせてもらうなかで
自分の中にあるものや
想い、感じたこと、今日あったこと、シェアしたい内容って
全くのゼロではないので書かせてもらいますが
毎日毎日それを書いていたら
普通の人は底をついてくると思います。


そんなにチャレンジし続ける人って
なかなかいないのでは、、、と思います。


事務長は
外からの刺激を受け
実践され
(しかも、自分が実践するなら簡単かもしれないですが
リーダーなのでスタッフを巻き込んでです!!
人を動かすって大変、、、)
落とし込みシェア。


今まで、してこなかったことを
やってみる。


やってみて
感じて
良ければ続けて
違ったら
また探して
チャレンジして

そうして出来上がったものを
シェア。。。


無から有に


今まで、してきていただいたことの
凄さを感じさせてもらっています。



事務長との差を
感じさせていただく
とっても、いい機会を
いただいたと思いました。




どれほど、してきてくださったのか。




どれほど

本気で

私たちの幸せを願い

動いてくださってきたのか。。。




まだまだ
感じ切れるなんて言えませんが
以前よりも
感じれて良かったです。





有名なお寺。

「知恩院」

恩を知る

と、書きます。



法然上人は
ご先祖様の大切さを伝えたかったから
この名前をつけたと
聞いたことがあります。



まずは、
知るところからスタートです!!











【長者の万灯より貧者の一灯】

という言葉をご存知ですか?




私は、最近教えていただきました。


意味は

ーーーーーー

〔阿闍世(あじやせ)王が釈迦を請じて供養をし,宮殿から祇園精舎への釈迦の帰り道に万灯をともした時,貧乏な一老女も灯明をかかげようと思い,わずかの銭を都合して一灯をともしたところ,王のあげた灯明は消えたり油が尽きたりしたが,老女の灯明は終夜消えなかったという,「阿闍世王授決経」の故事から〕

貧しい人の誠意のこもったわずかなささげ物は,金持ちの世間体を飾った多くのささげ物よりまさっている。真心の尊さをいうたとえ。

だそうです。

ーーーーーー


以前から
このようなお話を聞いたことがあるなあって
思いました。

いとう眼科に入らせていただき
事務長から

「私が出す10万円と
どこかの大企業さんが出す100万円では
私の出した10万円の方が大きいと思うよ。」

そんなようなことを
言っていただいたことがありました。


金額を聞いただけなら
100万円のほうが
かなり大きい数字だし
私だったら数字だけを見て
うわーーすごい!!ってなりそうです。

ですが
正しく物事を見れる人から見たら
大切なのは
お金とかの、問題ではいようです。



心の問題。



世間では
地位やお金って大きなポイントだと思います。

でも、お釈迦様もそうだし
本やセミナーなどで学ばせていただくことも
もちろんお金も大切だけど
全てではない。
一番!!ではない。
もっと、大切なものがある。。。

そうに、教えていただいてきました。


みんな本当は知っているですかね??



何が大切なのかを。



今、私ができることが
小さなことに見えたとしても
腐らず
コツコツさせていただこう。
頑張ろうって思いました。






またまた
池間先生のFBを見て感じたことなのですが

怖いなと思ったんです。



よく分かっていませんが
228事件というのが台湾であったそうです。
昭和22(1947)年のことです。

かーーなり
かなり
ざっくりなシェアになるのですが

昔、日本が統治していましたが
終戦によって日本と台湾は切り離されました。

日本には米軍が。
台湾には支那蒋介石率いる国民党軍が。

その台湾にきた国民党軍が酷く
市民の不満がた募っていったことが事件のきっかけのようです。


詳しくは調べていただけたらと
思います。





国民党軍は、どんなだったのかというと

ーーーーーー

中学校二年生の時、中国から蒋介石の国軍(国府軍、国民党軍)がくるというので
中国語の歌を無理やり練習させられました。

国軍歓迎の式典の日、朝八時に駅に集合と言われて行きました。
しかし、国軍はいつまで経っても来ませんでした。
それで、午後一時に来るから十時に再度集合ということになりました。
ところが、十時に行ってみたのですがまだ来ません。

そこで、昼食を食べに戻ってまた三時に行きましたが、全然来る様子はありません。
更に待つこと二時間、結局来た時には時計の針は五時を指していました。

日本時代は、時間厳守は誰に習ったわけでもなく社会全体の雰囲気でした。
その当たり前の生活習慣に慣れていた私たちにとって、これが初めての「中国時間」の洗礼でした。

敗戦でシナ兵(中国の兵隊)が来ると聞いた時は、もちろん不安でした。
私たちは『キング』や『少年クラブ』、『幼年クラブ』といった雑誌に出て来るシナ兵のイメージがものすごく強かったのです。
シナ兵はまず汚い、風紀が乱れている、ボンボロ担いでこうもり傘を背中に差して裸足、というのを見ていましたから、頭の中で色々と想像を巡らせていました。

不安な気持ちで一杯でした。

そういうシナ兵が潜在意識に植え込まれてはいましたが、本当に見た途端に、もうガックリしました。
これはヒドイ!と思ったのです。
出迎えに来ていたみんながみんな「うわー」と言ったのです。

恐ろしい光景に見えました。

それまで日本兵しか見たことのなかった私は、兵隊というものは銃を担いでゲートルを巻いてピシッとしているものだと思っていました。
それが、シナ兵は裸足でボロボロの服を着て、天秤棒にドロ靴と鍋と七輪をぶら下げて、こうもり傘を担いでだらだらと歩いていました。
中には手で鼻をかんでいる人や痰を吐いている人もいるし、私は呆れてものが言えませんでした。

まるで乞食の行列でした。
そんな兵隊を自国の兵隊として認められますか。


今、その時のシーンを読者の皆さんの前に展開したらきっと気絶すると思います。

女学校の先生方も口をあんぐり開けていました。
台湾人全部が同じ思いだったと言っても過言ではないでしょう。

(楊素秋著「日本人はとても素敵だった」)


ーーーーーー

とのことです。

この記事が真実かどうかは
わかりません。。。



ただ

現代ではなく

昔の日本人のことを賞賛していただくことが

多い気がします。






人は

何か志や、目的がないと

自然と

楽な方へ

楽な方へ流れて行くと思います。

(個人的には、そうです)





私は意志が弱いので

楽な方へ流されてしまいます。





だからこそ

「環境が大切」と

ずっと教えていただいているのだと思いました。




その環境にいさせてもらい

磨いてもらうだけでなく

「磨き合う」というところが

ポイントなのですが!!





話が

あっちこっちにいってしまいましたが

今日なにが言いたいかというと





人は、楽な方に流されて行く。

いつ、私が国民党軍のようになるかわかりません。

善い環境に居ることで

善い心でいれる可能性が高くなります。




善い心を未来に継承していきたい。




未来はどうなるか、わかりませんが
因縁果ということも
教えていただいています。

今、トマトのタネを蒔き
善い縁が加われば
美味しいトマトがなる。

もしも
悪い縁が加われば
同じトマトの種でも
美味しくないトマトになってしまう。





善い縁に触れ続けて行くことは

自分の為ではないと思いました。