長い長い中学受験が終了。

後半は自分の更年期との戦いだったので、今は開放感というより脱力感です無気力

 

 

昨日まではなんとなくSNSを見てはいろいろな感情が湧きましたが、ある投稿を見て、これは自分に欠けていたものであり、必要なものだと思いました。

 

 

その投稿は、「学びは公共財」という考えに基づいて語られたもので、私は親として大いに反省する内容でした。

 

 

私自身、今学んでいることは先人の学びであり、先人が私たちに与えてくれたもの、という当たり前のことをきちんと考えたことがありませんでした。

そして、学んだことを社会に還元する…学びによって社会貢献するという発想は全くありませんでした。

普通に考えれば分かることですが、そういう意識がなかった、ということです。

 

 

私は社会で働き、子どもを育て、微力ながら社会活動をしてきました。

それは今まで学んだことを使ってやってきたわけで、私の学びの程度ならこれぐらいの活動だろうと思います。

むしろ、平凡な事務仕事でも創意工夫するのが大好きでしたし、子どもの園や学校の保護者の役割は十分にやっていると思います。

なので、無意識のうちに社会貢献はしていると思います。

 

 

でも今、子どもにどんなことを求めていたか。

 

言葉にするのも今は嫌だな、と思うぐらい、自己中心的な考えで中学受験をさせていましたし、昨日までは「ここに入ったからにはしっかり勉強していい大学を目指そう」という雰囲気が家中に蔓延していました。

 

 

そこには社会貢献という考えのかけらもありませんでした。

 

 

子どもが自分にはどんなことができて、どんなことをしたくて、どんなふうに社会貢献できるのか。

それを子ども自ら考え始めるようになれるのか。

それはたぶん、親にとってのトロフィーのような学歴や親の歪んだ理想からはなかなか生まれない考えだと分かりました。

 

 

そこでふと、昨日までたくさん見ていたSNSの中学受験の合否投稿を思い出しました。

 

今思うのは、もし思う結果にならなかったとしても、学んだことは必ず社会に貢献するものになると思いますし、難関校合格をはばかりなく自慢している親は、ぜひ気持ちを切り替えて社会貢献に勤しむ気持ちを育んであげてほしいと思います。

 

 

ウチの子といえば…凝視

 

こんな両親に育てられたので学歴厨・偏差値厨です驚き

ここからどんなふうにそれを和げてあげられるか。

 

 

 

そして、我が家の中学受験とそれにまつわる私の重い心情を語るのはこの辺で終わろうと思います。

次からはもっとPOPな内容で中学受験ネタを投稿予定ですにっこり