2008年度、アカデミー賞主演男優賞候補になった
リチャード・ジェンキンス主演作『扉をたたく人』。
役者も地味なら監督も無名。
でもこれがじつに胸に沁み入るいい映画だったのです。
≪STORY≫
コネチカットの大学教授ウォルター(リチャード・ジェンキンス)は
ニューヨークでの学会に同僚の代理で出席するため、
久し振りにニューヨークにある自分のアパートへ行く。
しかし、そこには若い男女タレク(ハーズ・スレイマン)とゼイナブ
(ダナイ・グリラ)が住んでいた。
最初はウォルターを泥棒を勘違いしたふたりだが、彼自身のアパ
ートだと知ると、仲介者にだまされたと嘆く。
ふたりは不法滞在者で、グリーンカードを持たないまま、ニュー
ヨークで生活していた。警察には言わないでくれと懇願された
ウォルターは、行くあてのないふたりを、アパートが決まるまで
ここにいればいいと言う。
シリアの青年タレクはアフリカン・ドラム、ジャンベの奏者だった。
練習を見て興味を持ち、タレクにジャンベを教わるウォルター。
妻を亡くし、子供も自立。孤独で無気力な日々を過ごしてきた
彼にとって、タレクとの出会いは刺激的で楽しかった。
ところが、地下鉄の駅で、タレクは無賃乗車を疑われ
警察に連行される。そして、不法滞在者の彼はそのまま
入国管理局の拘置所へ移送されてしまう…。
≪9.11が残した傷跡が移民を突き放す≫
タレクはただアメリカに不法滞在していたわけではなく
それなりの手続きを踏んで、難民申請をしていた青年。
彼は拘置所でそれをウォルターに告げ、彼も雇った弁護士に
伝えるが、ことはまったく進まない。
プレスによると、9.11以前は、タレクのような人は合法的移民
と判断され、決して拘置所送りになることはなかった。
しかし、9.11以降、移民に対して厳しい政策を取るようになり
疑わしき人物は罰せよとばかりに、受け入れず、
送還するようになったそうだ。
≪孤独な男が心の扉を開く≫
そんな9.11の影が色濃く反映された本作だが、社会派の映画と
という一面もありつつ、人と人が出会い、深く絆を結んでいくまで
を丁寧に描き出している。
ウォルターが、タレクに出会って、閉ざしていた心の扉を開いて
いく。警戒していたゼイナブでさえ、
静かに心を開くウォルターに信頼をよせ、訪ねてきたタレクの母
との出会いなど、大学と家を往復するだけのウォルターの日々
に光が指す。
でも扉を開いたウォルターと裏腹にアメリカ社会は移民に扉を
閉ざしてしまうのだ。
タレクをすくうために、ウォルターはアメリカの扉をたたき続け
るが、扉は厚く重かった。
何もしていないのに、難民申請も出したのに、意味もなく拘留
されるタレクの心中を思うと胸が張り裂けそうだ。
人の人生を決める権利が政府にあるわけがないのに……
後半は、権力も何も持たない平凡な庶民が法の前ではいかに
無力かを知ることになる。悲しみや怒りも湧き上がる。
≪4館上映から拡大270館へ≫
インディーズの本当に小さな作品が、評判を呼んで、
なんと全米270館に拡大公開された『扉をたたく人』。
人種のるつぼ、ニューヨークだけでなく、全米各地の
移民たちの気持ちを代弁したドラマだったのだろう。
まじめに生きていれば、いいことがあるわけではない、
時には残酷で非常で無常感にさいなまれる出来事もある。
それが現実、でもその壁を乗り越えようと、
扉をたたき続けることが大切なのかもしれない。
と、いつになくまじめに思ったりして
≪偉大なる普通のひと、リチャード・ジェンキンス≫
監督は、トム・マッカーシー。長編監督2作目だそうだ。
役者として『父親たちの星条旗』『シリアナ』などにも
出演している男前の監督。
脚本は、リチャード・ジェンキンスを主演に想定して
書かれたそうだ。
普通の人を演じさせたら右に出るものがいない、稀有な
才能だと監督は語る。
ナットク
一度見たら忘れられないのではなく、
何度か見ても覚えられないくらい、群衆に紛れてしまう
タイプ(言い過ぎ?)。
でも自己主張ばかりする人が多いショービズ界、
そんな人ばかりだったら、普通の人の映画は
できませんからね。
リチャード・ジェンキンスは貴重な役者なのですわ。
●『扉をたたくひと』(6月27日より、恵比寿ガーデンシネマで公開/配給:ロングライド)
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