今日は京都の嵐山に来ています。
ペインクリニック領域における鍼灸を確立された
北出利勝先生と二人で食事をいただきました。

食事前には、温泉に入り贅沢な時間を過ごさせていただきました。

そして、温泉の前には、
久しぶりにustream「鍼灸のスペシャリスト」シリーズの収録をしました。

約60分にわたる北出先生のインタビューです。

相変わらず音声のコンディションは悪く、料亭のロビーで雑音の多い収録となりましたが、
私としては大きな意義のあるイベントになりました。

もしよろしければ、ご覧ください。

北出先生の足跡と情熱と優しさの詰まったインタビューです。


→ http://www.ustream.tv/recorded/16879244
夏真っ盛りとなり、毎日、暑いですね。

皆様におかれましては如何お過ごしでしょうか。

小生は、何故かこの夏は、結構あちこちにでる機会があり、
身体と口だけで世渡りをしているような感じがしてきました。
このままではいけないと、そろそろ自問しつつあります。

もっと落ち着いてじっくりと、自然に向き合い、
自分を見つめるために、海へ川へと繰り出したいのですが、
もう少し先になりそうです。

この際ですから、想いを宇宙に馳せることにして、
明日から、宇宙鍼灸のミッション執筆作業に入ります。

明日からと言うのは・・・・、今からは部屋の片づけをすることにしました。
何故か、試験の前とかになると、部屋の片づけをし始めるというやつです。
これって、大人になっても抜けないのですね。

部屋の片づけをする時間があるのなら、川で鮎つりをして、
自分を見つめればいいのですが、そこまではできないのです。

ミッションの提出期限は8/31。
大きな夏休みの宿題を持ちながら、この夏は過ぎそうです。

暑さのきびしい毎日ですので、皆様もお身体をご自愛ください。

イメージ 1

無事に今回の大槌町でのミッションを終えました。

避難所の巡回治療では、すっかり鍼灸が定着していて、
多くの方々がAMDAのTシャツを見て集まってきてくれます。
AMDAに採用された現地鍼灸師の佐々木先生がずっとがんばってきたからこそです。

避難所から仮設住宅に移られた患者さんからの依頼も多く、
お宅に伺い治療を行いました。

当然のことながら、これまではボランティアとしてすべて無料です。

しかし、今後の復興においては、現地の鍼灸師らの復興も重要です。
いつ無料のボランティア治療を終えるのかは大きな問題です。

この問題解決のため、AMDAは健康サポートセンターとして、
大槌町に鍼灸治療を中心とする施設の設置を計画しています。

センターでは、基本的に保険治療分に関しては請求するという予定のため、
今回、私の最大のミッションは、ごく当たり前のものとして、
鍼灸の療養費取り扱いを、この地で確立することでした。

この町のすべての医師にお目にかかり、また行政と調整し、
協力が得られることとなりました。

療養費の給付に必要な、大事な書類も、医療連携の中で円滑に発行していただけるはずです。

これにより被災者の方々の自己負担は無く(免除証明があるため)、
療養費の給付により、鍼・灸・マ師の復興も加速できるはずです。

AMDA健康サポートセンターはその拠点として大きな意味を持つことになるように思います。

そして、これからも鍼灸のボランティアが必要な時期となるように思います。
まだまだ喉元は過ぎていませんので、継続的な応援と、ご支援をお願いいたします。

私にAMDAに入るきっかけを与えてくださった恩師、鍼を行うアメリカから来た消化器外科医は、
ニュースJへの出演で、東日本ではもはや有名だと思います。
恩師とは今日わかれ、私は明日京都に帰ります。

今回のミッションを支えてくださった、すべての方々に、心からお礼申し上げます。
ありがとうございました。

さて、今回のTシャツを脱ぎ、風呂の前にビールを飲むとします。今夜は一人で乾杯です。
タイトルの、「被災地において喜んでいます」、という表現が不謹慎なのは重々承知です。

しかし、復興にある中で、たくさんたくさんの喜びと、光を感じます。

3ヶ月前には、何も無かった所に、コンビ二が営業を再開しました。
その駐車場は車で一杯です。

今日の昼食は、営業を再開したレストランでラーメンを食べました。
熱い思いのラーメンです。魚介類盛りの「磯ラーメン」が一押しのようでしたが、
これは未だ無く、次回の楽しみです。

前回の派遣時、治療を担当した患者さんに、このレストランで偶然会い、
声をかけていただきました。その方もケーキ屋さんを再開し、今日、招待を受けました。

壊滅した旧中心街のガレキ中、プレハブの商店が1件、営業再開です。
その少し向こうには、仏具屋さんも営業しています。やはり必要なんですね。

避難所は、今月末で閉鎖になるところが多く、仮設への入居が進んでいます。
仮設に居住する患者さんの往診治療も行いました。

そして、鍼灸の復興においても、地元医師との連携の中、
鍼灸の療養費の活用に関して、ご理解をいただけました。

地域医療の再興とともにに、鍼灸の再興がなされるなんて、すごいことです。

・・・これを喜ばずにはいられずません。

宮崎の高野先生をはじめ、皆様のご教示のおかげです。

心から感謝申し上げます。
昨日、岩手県の釜石に入りました。
これから大槌町に向かいます。
今日は、巡回治療を行います。

釜石駅周辺は、だいぶガレキの撤去はされていますが、
市内の中心街はまだまだです。

しかし、昨夜は、そんな中で営業を始めた
中華料理店で食事をしました。

きれいな店で、ビールを飲んで、餃子がおいしかった。
だけど、帰りはガレキとつぶれた車のある風景です。

とにかく前に進むしかありませんし、
多少でも役に立てたらと思うばかりです。
久しぶりの記事のupです。
皆様、お元気でしょうか。

いまけんは、多々デリケートな課題を抱えてしまい、
ブログなどで、ポロッと漏らすとよろしくないことがいくつかあったため、
更新を滞らせていました。

いただいたコメントへのレスもそこそこに、ブログ断ちに入ってしまい、
お詫び申し上げます。

しかし、今日は嬉しくて、嬉しくて・・・更新したくなってしまいました。

いつもお世話になっている、大阪医大の久下先生より、
被災地でのはり・きゅう・マッサージにおいて
医師同意書の省略がなされたという情報をいただきました。

→ http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001hxiy-att/2r9852000001hxll.pdf

7/5に厚生労働省保険局医療課が事務連絡として発しています。

ちょうど、18日から再度、被災地である大槌町にAMDA派遣で入る予定となっていて、
地元医療機関との医療連携として鍼灸療養費の取り扱いを煮詰めたいと考えていました。
医師同意書の省略により、一気に話を進められるような気がしてきました。

この医師の同意書の省略は、地元の鍼灸師の復興に大きく効果をたらすでしょうし、
その結果、被災者の方々も鍼灸治療を受けやすくなります。

多くの鍼灸師の方々が、震災後に被災者の方々のケアに貢献したことが
報われたようにも思います。良い意味で、今後に大きく影響するようにも思います。

また、このことは、そろそろ無料でのボランティア鍼灸を
収束させる時期であることを意味しているようにも思われます。
地元鍼灸師の復興を後押しする時期であると思われます。

しかし、文書によれば、あくまでも医師の同意をとることは必要で、
申請書の摘要欄には、同意書を添付できない理由を記載することや、
同意した医師の氏名、住所などの記載は必要となっています。

あくまでも医療連携が基本となっているので、
これぐらいなら、私は納得できるところです。

是非、保険の取り扱いに詳しい方々は、
そのbrainやノウハウを被災地に届けて欲しいと思います。
岩手県の大槌町は、いまけんが責任を持って担当します。
しかし、わからないことも沢山ありますので、このブログでであった
鍼灸日記さんや、皆様の助けを求める事もあるかと思います。

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

-----------------------------------------------------

もう一つ、トピックスを追記します。。。

7/18(月)に、テレビ朝日 スーパーJ チャンネル(5: 30 pm)で、
AMDAのプロジェクトが放映される予定です。

AMDAで最初に鍼治療を行った、Dr.Takahasiが被災地を再訪した際の、
密着取材です。鍼治療の現場も放映されるはずです。
お時間が合う方は、是非、ご覧ください。

18日は大槌町でDr.Takahasiと合流するので、御本人とともに放映を見るという
贅沢を味わえそうです。
大槌町での緊急医療支援活動においては、被災者の方々の既往歴や治療歴など、
カルテ情報は全くわからない状況での医療活動がなされました。

家の下敷きなどによる、外傷が極めて少ないのが、他の震災とは異る特徴ということでした。

被災者の方々への投薬や処置に関する記録は、新たに緊急のカルテ記録を残す必要があり、
鍼灸施術においても同じカルテで残すことが求められました。

1度の医科受診あるいは鍼灸施術に、各1ページが残されます。

そのカルテは、主訴、現病歴、現症、治療内容、のみからなる簡単なものでした。

特徴的なのが、複写式になっていて、複写部分を患者さんに渡し、救護所(臨時診療所)と
患者さんの両方が、緊急の医療処置内容を保存する点でした。

避難所の患者さんは、いつどこに移動するかわかりません。診療情報を患者さんが持つことで、
いつでも、どこでも、救護所で受けた処置や投薬を、新しい担当医に伝えることが可能となります。
現地で被災された病院や診療所が再開するときには、この情報は重要となります。

このシステムは、災害時のトリアージュならではのものであり、納得のいくシステムでした。

鍼灸治療についても同様であるため、カルテの複写を患者さんに渡します。
そのため、このシステムは、鍼灸師にとっては極めて重大な意味があります。

被災者である患者さんは、私達がおこなった鍼灸治療の内容を、緊急時に受けた施術として、
いづれ医療機関に提示することとなるわけです。

その時、医療関係者には全く判らない言語で、鍼灸師が施術内容や方針を記載していたら、
その内容は通じるものでしょうか? 通じるわけ無く、忙しい中、わけわからない
思い込みでの治療ははやめてくれ、と私も思うはずです。

被災地において、私は東洋医学的な観念的な言語は、特別な場合を除き使えませんでした。
多くの患者さんの愁訴が慢性疼痛であるという中で、明らかに使うべきではないことを直感で読み、
空気を読みました。

この経験から、究極の災害時において、医療連携の中で、鍼灸師の行う基本的な施術方針が
見えてきました。

しっかりと、現代科学に立脚した理論をバックグラウンドとした施術が基本になるのだと見えました。
東洋医学的な言語で表現される治療は、その基本を行った上でプラスαとして、
応用するに留めざるを得ないのだと思います。現代科学的な言葉で表現できないものの限界を見ました。

とかくカリスマ鍼灸師は鍼灸治療の真髄は気を整えることと言います。
そして、痛いところへの局所的な鍼灸治療は、誰でもできる治療方法とされ、
とかく卑下されることがあります。

今、私は自信を持って、そのような卑下は受けるに値しないものだという確信を得ました。
誰にでもできる事こそ、意味があるのだと思いました。

判りやすい科学的な言語で説明つく治療が、患者さんにとって後々まで意味あるものになる訳です。
それが災害時の緊急医療支援における治療上のルールであると思いました。

それを行った上で、補助的に、さらに気を整えるという治療を加えたら良いように思います。

名人芸を否定するつもりはありませんが、誰とでも共有できる、基本的な治療こそが災害時には
意義があることを強く思うようになりました。

この基本は、あくまでも現代科学的・現代医学的な言語に他ならないわけです。
それ故、この基本を確固とする活動、すなわち、鍼灸の科学研究は極めて重要なのです。
今回、私はAMDA医療ボランティアチームの一員として活動しましたが、
このチームの構成における『調整員』の役割を紹介をさせていただきます。

医療スタッフとしては、当然、医師と看護師(保健士、助産士)が多く、
今回はそこに鍼灸師が加わりました。

これらの医療スタッフの活動は、調整員のマネージメントがあってこそでした。

調整員は、スタッフが現場についてからの動きの調整・把握と管理、他団体との事務的な連携、
必要物品の調達、現場と本部との情報伝達、現場での問題処理、などなど、大きな役割を担い、
調整員のマネージメントがあってこそ、医療スタッフは安心して活動に没頭できました。

医療スタッフは大体の活動内容が決まっていますが、調整員は臨機応変に出てきた問題や流れに対応し、
円滑に医療支援ができるようにマネージメントをされます。

特別なライセンスがあるのかと思いきや、特に無く、皆さん現場で学んできたということです。
もちろん今回の震災が、初めての現場となる方も多かったようです。

特に医療職である必要はありませんが、看護師や理学療法士のライセンスを持ちながら、
あえて調整員として活動される方もいらっしゃいました。
調整員をしながら、全体を把握し、その中で自分の専門性を必要に応じて生かされていました。
随時、ディスカッションを一緒にし、皆でよりbetterな方向を目指しました。

理学療法士で調整員をされている方は、片麻痺の強い患者さんが避難所で平坦な布団の上で
寝ているのを見つけて、どこからか教壇を調達し、即席のベッドを作られました。
これで、患者さんの寝起きが楽になりました。
調整員として現場を把握し、一人ひとりの被災者の方々の機能状態に目を配られていて、
必要に応じて対処する姿はプロフェッショナルでした。

調整員の立場だからこそ見える事柄やできることも沢山あることを学びました。
災害時の医療支援にはなくてはならない存在です。

鍼灸師や柔道整復師、あんま・マッサージ師などが調整員として活動することは当然可能です。
このような立場で災害時ボランティアに参加する道があること自体知りませんでしたので、
皆さんにもお伝えする次第です。

尚、AMDAでの緊急医療支援活動は収束に向かっていますので、現時点では、ボランティアの受け入れも
かなり縮小されているかと思い、募集は無いかもしれません。

災害時での医療ボランティアに携わるすべての方々は、明確に職種がわかるように、
ネームカードなどを付けられていました。
その中で、「調整員」も大事な職種の一つであることを学びました。
みなさん、こんばんは。

岩手県より、24日に帰京し、翌日から職場に復帰しました。

被災地で経験したことを沢山書きたいのですが、
先ずは、溜まってしまった職場での仕事を片付けます。

落ち着いたら、更新しますので、今後ともよろしくお願いいたします。

イメージ 1

写真は、鍼灸治療室前から、避難所となっている大槌高校の廊下です。
この廊下奥が避難所の体育館です。

左の扉が鍼灸室の扉です。
子供さんを対象としたスキンタッチ講習の案内を貼りました。

スキンタッチとは、
乳幼児から小学校の低学年のお子さんに、保護者の方が皮膚の刺激を与えることにより
体調を整える方法です。→ http://tokyo-st.jp/

初めて知ったのは、明治国際医療大学の同窓会研修会で、
徳島の篠原新作先生がプレゼンされた時でした。
今は、日本スキンタッチ協議会ができるまでになっていたのですね。驚きました。

もともと、子供用の鍼治療として、「小児鍼」というのがあります。
子供の鍼は刺すものでは無く、撫でたり、こする、で皮膚刺激をします。

スプーンや歯ブラシを使って、撫でたり、こすったりをお母さん、お父さんがすることで
刺激自体の作用と共に、タッチすることでのスキンシップを高めようというのが、
この「スキンタッチ」の狙いだと理解しています。

数年前からこの取り組みが目立つようになり、おもしろい良い取り組みだと思いつつ、
私は傍観していました。ただ、職場で田口玲奈先生が始めたのをきっかけに、一度だけ、
教室のお手伝いをさせていただきました。

今回、被災地で、このスキンタッチはとても良いのではないかと思いつきました。
専門的に勉強をしたことはありませんので、ネットで検索すると、協議会ホームページで、
すでに、震災後ストレスにおけるスキンタッチの応用が記載されていて驚きました。

さらに、『被災地の鍼灸師のみなさん向けに
「スキンタッチ指導マニュアル(pdf版)を無料公開いたします』、ということ。
まさに、バシッと、はまり、虎の巻を手にしました。→ http://s-touch.net/

そして、AMDAに歯ブラシとスプーンを用意してもらい、実施となりました。
当初は4月15日の予定でしたが、諸事情のため延期となり、4月18日に実施しました。

さて、楽しみ・・・でしたが、時間になっても誰もきません・・・。

見事に撃沈してしまいました。

実はこの日は、避難所にとって大変な一日だったのです。
避難所である大槌高校が20日から再開となるため、被災者の方々が大移動する日でした。
そのため、一般診療も鍼治療も患者さんが極めて少ないという一日でした。
この日ばかりはスキンタッチどころではなかったのです。日が悪かったのです。

その後、実施することができずに、今日の活動最終日を迎えてしまいました。

夜になると、避難所内では、エネルギーを発散できない子供達が、写真の廊下にわいてきます。
AMDAの青いジャンバーを見ると近寄ってきてくれて、ちっちゃい子が、ふと手をつないでくれるのです。

逆にスキンタッチをされてしまいました。

大槌町では、学校が再開し、避難所も少しづつ落ち着いてきています。

しかし、20日以降、少しづつ落ち着いてきた反面、自身の体調を振り返られ、
治療を受けるにくる方が増えてきています。

長引く避難所生活や、物資に限りがある生活、また、凄惨な光景の中での生活は、
とうてい安心できるものではありません。悲しい思いにも満ちています。

被災地でのスキンタッチは、確かに大事なものだと思います。

何組か、小児のいる家族の方に、簡単な説明パンフと歯ブラシを配り、次回につなげたことで、
このプロジェクトは成功とします。


*今回の実施に向けて協力していただいた、田口玲奈先生、
激励のメールをいただいた、徳島の篠原新作先生、
協力のお申し出をいただいた、盛岡の高橋典子先生
に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。